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 東京都内の公立中学校での授業をめぐって起きた議論をきっかけに、学校や家庭での性教育のあり方について、朝日新聞フォーラム面でこれまで4回にわたってみなさんと考えてきました。今回は、海外ではどのように教えられているのかについて紹介します。

イギリス 動画で親しみやすく

 「君のプライベートパーツは君だけのものだよ!」

 パンツをはいたかわいい恐竜「パンツサウルス」たちがリズミカルに歌うアニメーション動画。英国の子どもの虐待防止協会(NSPCC)が行っている子どもたちを性被害から守るための「PANTS」キャンペーンの一環で、ホームページ(HP、https://www.nspcc.org.uk/preventing-abuse/keeping-children-safe/underwear-rule/別ウインドウで開きます)で公開されています。

 歌では、性器など下着で覆われている「プライベートパーツ」の重要性を子どもでもわかるように説明。「誰かがパンツの中を『見せて』と言ったり、触ろうとしたりしたら、絶対『NO』と言おう」「(そのことを秘密にしようといわれても)信頼できる人にすぐ教えよう」などと呼びかけます。

 HPでは、ほかにも親や学校が子供たちにプライベートパーツについて教えるのに役立つ教材を提供しています。

 3人の子を持つ母で、ロンドン東部で学童保育を運営しているシャープ千穂さんによると、千穂さんの子どもが通う小学校でもPANTSに関するポスターが貼られ、PANTSについて話題になるそうです。「子どもたちにとってもパンツという言葉は身近で、インパクトが強い。楽しみながらプライベートパーツについて学んでいます」

 千穂さんは「英国では子どもが性被害に遭いやすいことは共通の理解としてあり、子どもを守るための制度が徹底されている」と言います。たとえば、子どもに一定時間以上接する仕事をする人は、性暴力や児童虐待についての知識を得るための訓練を受けなければならず、事業者は働くスタッフの前科などの調査もしなければならないそうです。

 この夏、英国の小学校などを視察した寺町東子弁護士は、学校の校門や教室など至る所に多様性や民主主義、個人の自由の尊重などについて書かれた標語が貼られていたことが印象的だったと話します。「英国は、一人ひとり違うことを尊重する教育が随所で行われている。だからこそ、子どもたちも『嫌なことは嫌だと言っていい』と思える」。一方のいまの日本は、なにかと「NO」と言うことに罪悪感を抱いてしまう社会。「それぞれが大事な人間なんだと感じられる社会にしていく必要があると思います」(塩入彩)

フィンランド 必修化、幼児にも伝える

 フィンランド・ヘルシンキ大学のユッカ・レヘトネン主任研究員(性教育)に同国の性教育について話を聞きました。

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 フィンランドでは1970年代初頭に性教育が始まりました。当初、どう教えたらいいかためらう教員からの反対はありましたが、保護者は「必要な情報だから学校で教えてほしい」という意見でした。2000年代初頭には必修化されました。

 子どもの権利と安全の問題なので、幼い子や子どもが正しい知識を得ることは重要です。でも学校で性教育をしなければ、子どもたちはネット情報などに頼ることになります。

 幼稚園段階では、家族の多様性や、他の子が触って欲しくないと思っている場所を触ることはだめ、といったことを伝えます。

 小学生には「お父さんにはペニスと精子、お母さんにはヴァギナと卵子があり、一緒になって赤ちゃんができる」と伝えればいい。シンプルな話です。多くの子どもたちが「どうして赤ちゃんができるの?」と興味を持つのは普通のことですから。

 大人が恥ずかしがって話さないと「セックスや子どもができることは悪いことなんだ」と思ってしまいます。より良いセックスは、より良い人生と人間関係を育むことになります。正しい情報を得ることで、子どもたちは予期せぬ妊娠や性感染症を防ぐことができ、幸せな人生を送れます。

 性教育をしないと「他の子はもうセックスをしているのでは」と疑心暗鬼になりますが、正しく知れば「早く経験しなくちゃ」とは思いません。学校でコンドームを配布した時にも「セックスを助長する」というような議論はありませんでした。セックスする時はコンドームがあろうとなかろうとしてしまいます。それなら持っていたほうがいい。シンプルなんです。

 きちんとした性教育をしなければ子どもを危険にさらす。深刻な問題なのです。状況を変えるのは政府や決定権者の責任。「教えるべきでない」と言われると教師はリスクを取りにくいから、トップが変えるべきだと思います。

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 フィンランド・ヴァンター市の小中一貫校で生物と保健の授業を受け持ち、性教育を教えるマリアンネ・ペルトネン教諭にも話を聞きました。

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 性の情報は社会にあふれていますが、真偽を見極める幹となる部分を教えるのが学校の役目。しっかりした家庭の子は家で知識を得られますが、守られていない子もいる。高校に進学しない子もいるから、義務教育の間にきちんと性教育をしておかないといけません。

 中学1年では、生物学として生殖器の役割を教えます。2年生では避妊について伝え、実際にコンドームの袋を開けるところから模型につけるまでやってみます。使用期限があることや、コンドームが破れていないかを確認することも伝えます。付き合いについて「男子はセックスを重視しているかもしれないけど、女子にとっては違う」という話もします。3年では、生物的に赤ちゃんが産まれるまでを扱い、保健では「子どもができた場合、生物学的な父親は1人しかいない。その責任が取れるか」ということを話す。

 性教育が義務づけられるようになり、この15年ほどで10代の出産、中絶数が減ってきているので、教育効果が出ているのではないかと思います。

 私は3週間ほど日本にいたことがあります。日本が性教育に積極的ではないというのは、女性が知識を持つことへの恐怖心があるのでは? 知識は力と結びついているから。学校で教えられないというのは大人の側の問題です。(聞き手・山本奈朱香)

インド 「正しい」結婚が前提、タブー感強く

 インドの性教育の状況について、インド社会論が専門の押川文子・京都大名誉教授に聞きました。

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 インドでは、中学、高校段階で「生物」の授業で出産の仕組みを学びます。高校の「心理」の教科書には思春期の説明がありますが、「思春期になると、体は男の子と女の子に分かれていきます」くらいまでのようです。性交や避妊まで触れているものは、見たことがありません。

 背景にあるのは、カーストによる身分制に基づく「正しい」結婚です。出産は「正しい」結婚の枠内にあるべきで、性生活を結婚の中に閉じ込めることになります。

 一方で、大都市の大学では女子学生が中絶をした話をよく聞きます。望まない妊娠を避けるために、性教育は一つの手段でしょう。でも、性教育を行えば、結婚を前提としない性生活の存在を認めることになり、タブー感も強いのだと思います。

 インドの大学教員と話をすると、性教育の必要性を強く言います。多くのインド人も、「正しい」結婚の中だけに性生活があるという言説は「神話」だと気付いています。また、中流階級の上位層は欧米流の教育を受け、日本の子どもよりも性的に自立している場合もあります。今、過渡期にあるのではないのでしょうか。(聞き手・山下知子)

日本では… 国際水準に基づく教育必要 立教大学・浅井春夫名誉教授(児童福祉論)

 「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」はユネスコが世界保健機関(WHO)などとともに作成し、2009年に発表しました。私はほかの研究者とともに翻訳し、昨年日本語版を出版しました。

 ガイダンスは性の多様性を重んじ、「子どもや若者が性的・社会的にも責任ある判断と選択ができる知識やスキル、価値観を持つこと」を第一の目的にしています。その上で、5~18歳を4段階にわけ、テーマごとに各年齢での学習目標を示しています。

 たとえば「生殖」に関する項目では、5~8歳の段階で「赤ちゃんがどこから来るのかを説明する」を目標とし、9~12歳の段階で基本的な避妊方法についても確認することが掲げられています。

 ユネスコは今年1月にガイダンス第2版を発表し、そこでは性暴力などについての項目が増えました。こちらも今年度中の出版を目指し、現在翻訳しています。

 ガイダンスの特徴は、「社会や子どもたちの現状と課題を踏まえ、何をどのように伝えるべきか」という視点から構想されている点だと思います。行動を抑制するのではなく、妊娠や性的指向、恋人や友人との関係性の構築など、子どもたちが人生で直面する様々な課題を自分で解決できる力を育てようとしています。適切なセクシュアリティー教育が性行動を慎重にさせる傾向にあるとの分析結果もガイダンスに載っています。ただ、いまの日本の性教育政策は「寝た子を起こす」論が根強くあります。子どもたちの現実を受け止め、国際水準に基づいた包括的な性教育が求められていると感じます。(聞き手・塩入彩)

指導に制限、井の中のかわず 女子栄養大学・橋本紀子名誉教授(教育学・教育史)

 私は他の研究者とともに、欧州やアジアで性教育に関する教科書を集め、現地調査をしてきました。ほとんどの国がユネスコ(国連教育科学文化機関)の「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」を参考に積極的に取り組んでいます。

 フィンランドでは、中学校の「健康教育」の教科書でペニスの形は様々なこと、異性愛や同性愛があること、恋愛関係には別れもあることなどを教えています。これは欧州の他の国でも同様です。

 フランスでは「科学」で教えます。中学で女性用コンドームや緊急避妊用ピル、高校で不妊治療について教え、性的少数者の人権擁護パレードも写真付きで紹介。法制度について海外と比較し、議論させるような項目もあります。

 ドイツでは小学5年生から「生物」で避妊も含めて教えられています。ガイダンスで「9~12歳の段階で基本的な避妊方法について確認する」となっており、それに沿った対応がされているのです。教科書はエコなどの観点から無償貸与。ハードカバーのため量も多いです。

 韓国では小学5年生の保健科で性暴力に遭いそうになった時の対応方法や、実際に被害に遭った時の相談先なども載せています。中学ではコンドームの装着方法を教えています。

 こうして見ると、日本は井の中のかわず。教師に教える力がないわけではなく、学習指導要領などで制限されていて教えられない。90年代は日本でも科学的に教えられていたのに、性教育バッシング後は、2次性徴を教える際の男女のイラストが裸から衣服をつけたものに変更された教科書もあり、自分の体のこともきちんと習えていないのです。(聞き手・山本奈朱香)

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