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 内戦下のシリアに2015年に入国した後、行方不明になり、過激派組織に拘束されたとみられていたフリージャーナリストの安田純平さん(44)について、菅義偉官房長官は23日夜に記者会見を開き、安田さんが解放されたとの情報がカタールから寄せられたと発表した。政府は安田さん本人とみて確認を進めている。

 菅氏は「午後9時ごろ、カタールからの連絡として、安田純平氏が解放され、トルコ当局のアンタキヤの入管施設にいるとの情報がもたらされた」と述べた。アンタキヤはシリア国境に近いトルコ南部の町。菅氏は「諸般の情報を総合すれば、本人である可能性が高い」と述べ、本人確認には一定の時間が必要だと話した。

 外務省職員が同日、本人と面会するためにアンタキヤへ向かったという。外務省幹部は「身元確認のために外務省職員が安田さん本人にしか分からないような質問をすることが一般的だ」と説明した。

 安田さんとみられる人物の健康状態について、官邸幹部は「意識ははっきりしている。受け答えもしっかりしている」と取材に答えた。

 別の官邸幹部によると、安田さんをめぐっては、15年12月に発足した官邸直轄の「国際テロ情報収集ユニット」が、トルコやカタール当局を窓口に交渉を続けてきたという。カタールはシリアの反体制派を支援しているほか、シリアで過激派組織に誘拐されたスペイン人記者の解放にも協力した経緯がある。

 安田さんの拘束が明らかになったのは、16年3月17日。インターネット上に安田さんとみられる男性の動画が投稿された。髪やひげを伸ばした男性が英語で「私はジュンペイ・ヤスダです」「今日は私の誕生日、3月16日です。彼らから『メッセージを送っていい』と言われた」などと話した。

 同年5月末には再び、「助けてください これが最後のチャンスです 安田純平」と手書きの日本語で書かれた紙を持った、安田さんとみられる男性の画像がネットに投稿された。今年7月にも相次いで2回、動画が投稿された。同月31日の動画で、安田さんとみられる男性は「私の名前はウマルです。韓国人です」「とてもひどい環境にいます。今すぐ助けてください」と訴えた。撮影日が同月25日だと話し、背後には全身黒装束の2人が銃を構えて立っていた。

 これらの投稿者はいずれも、「メディアフィクサー」を名乗るトルコ在住のシリア人男性。シリア北西部が拠点の過激派組織「シャーム解放委員会」(旧ヌスラ戦線)が安田さんをシリア北西部で拘束し、日本政府に身代金の支払いを求めていると話していた。男性は7月末、安田さんの身柄が旧ヌスラ戦線から分派した過激派組織に移されたともほのめかしていた。

 日本政府関係者は「身代金をテロリストに支払うことはない」と取材に述べた。

 安田さんの知人によると、安田さんは15年6月下旬の夜、内戦の取材のためシリアに向かった。トルコ南部からシリアのイドリブ県に徒歩で渡った後、音信不通になったという。

 イドリブ県は旧ヌスラ戦線の勢力が強い地域。旧ヌスラ戦線は、複数の外国人の人道支援団体関係者やジャーナリストを誘拐して身代金を得てきた。

 安田さんは一橋大学を卒業後、1997年に信濃毎日新聞に入社して記者になった。03年に退社後、フリージャーナリストに。04年4月、イラクで取材中に武装勢力に拘束され、3日後に解放された。「自己責任」と批判を浴びたが、その後も現場取材にこだわり、イラクやシリアで取材した。

安田純平さんが行方不明になってからの動き

【2015年】

・6月 安田さんがシリア北西部イドリブ県に越境入国し、反体制派支配地域で行方不明に

【16年】

・3月 安田さんとみられる男性が英語で「私はジュンペイ・ヤスダです」などと語る動画がインターネット上に投稿され、拘束が明らかに

・5月 「助けてください これが最後のチャンスです 安田純平」と日本語で手書きされた紙を持った安田さんとみられる男性の写真がネット上に投稿される

【18年】

・7月上旬 安田さんとみられる男性が家族に向け、英語で「忘れないでほしい」などと語る動画がメディアに提供される

・7月31日 安田さんとみられる男性が日本語で「私の名前はウマルです。韓国人です。今日の日付は2018年7月25日」「今すぐ助けてください」などと語る動画がネット上に投稿される

・10月23日 日本政府、安田さんとみられる男性の解放情報がカタールから提供されたと発表