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 宮城県岩沼市南西部・玉崎地区の原遺跡で、縦約20メートル、横7メートルの掘立(ほったて)柱建物の跡が見つかった。8世紀前半のものとみられ、律令国家時代に朝廷の役人が馬を乗り換えた「駅家(うまや)」や、国境を守る「関所」だった可能性が高い。これまで駅家と確認された遺跡は兵庫県や茨城県にあるが、それに続く発見となりそうだ。

 10世紀に編まれた「延喜式」には全国400カ所の駅家が記され、その中に東北の「玉前駅家(たまさきのうまや)」がある。多賀城跡で出土した9世紀の木簡には「玉前」の関所を示す表記もあり、岩沼市玉崎地区にあったのではと考えられてきた。

 市教委は2年前の1次調査で柱穴跡の一部を発掘。今年5月からの3次調査で建物の全体がわかった。縦11本、横4本の柱穴がある建物2棟分の跡で、ほぼ重なっており、一度建て替えられたらしい。南北を軸とした長方形はこの時期の公的施設の特徴。前後の時期とみられる竪穴建物跡も複数見つかり、駅家に携わった役人らの住居だった可能性があるという。

 考古学研究者で岩沼市史の編集にあたる白鳥良一さんは「古代から陸路や阿武隈川の水運が接合する交通の要衝だったことを示す。駅家や関所跡はあまり見つかっておらず、貴重な発見だ」とした。市教委は27日午後と28日、一般向けに公開する。(石橋英昭