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【2012年3月10日朝刊1面】

 偉人の親類ができたような心持ちである。日本文学者のドナルド・キーンさん(89)が、とうとう日本人になった。去年の入院で思い立ち、震災で決心したという永住と国籍取得。復興の頼れる助言者となろう▼誰にも、生まれついた性別と名前、民族や母国がある。それらを変えるのは、余程の事情か、偽れぬ思いがあってこそで、打算や好き嫌いで踏み切れるものではない。キーンさんの場合、国籍は日本への、最上級の愛情表現といえる▼18歳で手にした源氏物語の英訳本に始まり、太平洋戦争では米軍の日本語通訳を務めた。戦後は京都大への留学、川端康成や三島由紀夫らとの交遊に、文化勲章。人と「異国」を結ぶ運命の糸が見える▼「日本のことを考えない日は一日もなかった」「私が選んだのではなく、日本に私が選ばれたというのが人生の実感」「平凡な日本人になりたい」。この国に関する言葉には、深い知性と情がにじむ▼20年前、あるお宅の新年会で隣り合わせたことがある。お節などの雑談が面白くて、話を文学に振りそこねた。楽しいのがキーン流とみえ、日本名キーンドナルドには「鬼怒鳴門(キーンドナルド)」の字をあてるそうだ。鬼が怒鳴る風情にはほど遠いが、これも先生らしい▼震災後、外国人の日本脱出が続いた。その人波をかき分けるように、来るべき人が、来るべき時に来てくれたと思う。卒寿の転身を、泉下の紫式部や松尾芭蕉が、川端や三島が、筆を休めて喜んでいるに違いない。ようこそ、キーンさん。

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