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ひと・齋藤正健さん(75)

 小学校教諭として最初に赴任したのは宮崎県高千穂町だった。土呂久(とろく)地区の子ばかりが「胸が痛い」と苦しんでいた。遊び場の川に鉱山から水が流れ込んでいた。

 家々に通い、亡くなった人の死因や病人の病名を手書きの地図に落としこんだ。それを1971年、28歳のとき教員の研究集会で発表、戦前から人知れず続いていた亜ヒ酸鉱山による健康被害を告発した。医師や弁護士が救済に動き、国は公害病に指定した。

 3年後、転勤を言い渡された。…

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