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 1582年6月の本能寺の変につながったともいわれる前月の「天正十年安土御献立」。織田信長が安土城(滋賀県近江八幡市)で徳川家康をもてなしたとき、接待役を命じられたのは明智光秀だった。山海の珍味を取り寄せ、4食で計100品を超えるごちそうを振る舞った。福知山市では何度か光秀の献立を復元している。

 信長は同年春、家康とともに武田家を滅ぼした。信長は武田の旧領である駿河(静岡県)を家康に与えた。家康はこのお礼のために安土城を訪れていた。

 家康が到着して間もなく出されたおちつき膳と晩御膳、翌日の朝御膳と夕膳で豪華な食事を出した。ところが信長は不満をもって叱りつけ、光秀の接待役を解任。豊臣秀吉の毛利攻めに加わるよう命じた。これが2週間後の謀反に続くとの説がある。

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