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 アフリカ東部エチオピアの首都アディスアベバから車で約40分の工業団地。ここに2015年に進出した中国の革製品工場では、地元の女性ら約500人が羊皮の手袋を縫っていた。

 エチオピアでは近年、アパレル向けの工業団地が約10カ所立ち上がった。政府は、国内総生産に占める製造業の割合を14年度の4・8%から、25年に18%まで引き上げる目標を掲げる。

 後押しするのは中国だ。

 工業団地周辺の道路や鉄道、送電網などに融資し、建設する。1992年から15年までの投資額はトップ。移住した中国人は6万人とも言われる。

 エチオピアでは80年代に大干ばつが起き、約100万人が飢餓で亡くなった。だが、人口は約30年後に現在の倍近くの1億9千万人になると見込まれる。アフリカ連合の本部があり、各国の大使館も集中。アフリカ全体への影響力を高めるには、最適な国と言える。

 ただ、中国の融資による経済成長には危うさも伴う。世界銀行は、16年のエチオピアの対外債務残高が8年前の約8倍の約220億ドル(約2兆4200億円)になったと指摘する。

 南米エクアドルに広がるアマゾンの密林地帯の先住民は「中国の会社が石油を狙っている。私たちは森の虎になる」と憤る。

 同国では07年に就任した前大統領コレアが中国に接近。インフラ建設のための資金を中国から借り入れ、債務を石油で返す契約を結んだ。国際原油価格よりも安い設定値で、原油の7割以上が支払いに充てられているとされる。そのつけが、生産量増加のために、アマゾンの自然を犠牲にすることに回っている。

 それでも、中国の開発援助のあり方は先進国にも変革を迫る。日本もそうだ。

 13年には安倍政権の成長戦略を支える「経協インフラ戦略会議」ができ、援助と日本企業支援の一体化が進む。15年に策定した開発協力大綱では国益重視や官民連携を鮮明に。11~16年で援助に占めるインフラ整備の割合は倍増した。専門家は「理想主義を捨て、融資競争に入った」とみる。

 公正さや貧困解消という理念を重んじてきた従来の開発援助とは一線を画し、「手っ取り早さ」を売りに巨額マネーを融資する「中国式」。それは、果たして持続可能なのか。=敬称略