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 大砲の扱いが得意な各務原の旗本は、新政府軍の隊列で長州・土佐に次ぐ順番で厚遇されていた――。そんな記載のある古文書が、この旗本の家臣の子孫のもとで見つかった。

 見つかったのは、幕末の1868年に記されたとされる「御進発御列書」。8枚つづりで、戊辰戦争の際に、板垣退助らの新政府軍が2月21日に大垣を出発したときの隊列順を記録した資料だ。先陣は長州藩や土佐藩の軍勢。すぐ後ろに当時各務原の旗本だった坪内嘉兵衛昌壽(まさひさ)が名を連ねている。

 今夏、昌壽の家臣の子孫が管理する倉庫から資料を発見した市歴史民俗資料館の長谷健生学芸主事(日本近世史)は「坪内氏への期待が見てとれる布陣」と分析する。大砲を打つのがうまかったので、新政府軍で厚遇されていたと推察されるという。

 長谷学芸主事によると、昔は人…

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