ハチ公像を生み、消えた男性 「じいじ、これなあに」
吉野太一郎
「じいじ、これなあに?」
東京都世田谷区の陶芸家、辻厚成(こうせい)さん(75)は昨夏、自宅に遊びに来た孫の力太君(6)から尋ねられた。振り向くと、アトリエにあった小さな木彫りの犬を握りしめている。
「これは有名な犬だよ。大じいじが世に広めたんだ」
辻さんが教えると、すぐにまた、「大じいじって?」と聞かれた。笑みを浮かべ、答えた。
「じいじのお父さんさ」
辻さんには、父との記憶がない。幼いころ、父母が離婚したからだ。父との対面を橋渡ししてくれると言う人もいたが、父の方が会うことを拒んだと聞いた。冷たい人だと思った。父はやがて再婚した。
父は日本犬の研究者だった。話したこともない父の不在を不自由に思ったり、不満に感じたりしたことはなかった。ただ、母は父のことを生涯、「金のかせぎ方を知らない男」とそしりつづけた。木彫りの犬は母が、手元に残していた数少ない父ゆかりの品だった。
辻さんは31歳で結婚。男の…
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