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 今回のテーマは「認知症」です。自分自身が、あるいは大切な家族や友人が認知症になったら――。不安や葛藤はやっぱりあります。認知症になった後も続く人生を前向きに生きるために、私たちに何ができるのか。家族や医療、社会とどう向き合っていけばいいのか。みなさんと一緒に考えたいと思います。

悩み語らう「つどい」

 家族や自分が認知症になった時、同じ立場の人に悩みや愚痴を打ち明けられる場所があります。その一つが、「認知症の人と家族の会」が定期的に開く「つどい」です。「家族の会」は1980年に「呆(ぼ)け老人をかかえる家族の会」として、京都で始まり、現在は全都道府県に支部があります。

 11月中旬、東京都支部の事務所で開かれた「つどい」には13人が参加しました。初めての人から「常連さん」まで。「ここで話したことは、ここだけのことです。その代わり、何でも思っていることを言ってください」。司会者が促すと、認知症の家族と暮らす悩みやストレス、リフレッシュ法、病院の情報など、様々な話題で語り合いました。

 この日、司会を務めたのは都内に住む斉藤響子さん(54)。斉藤さんが初めてつどいに参加したのは、3年半ほど前のこと。母がアルツハイマー型認知症と分かってから1年半が過ぎていました。認知症の基礎的な知識は知っていても、「なぜできないのか?」「これからどうなってしまうのか」と心の整理がついていなかった時期だといいます。

 つどいに参加すると、同じ状況の人が悩みや日々の出来事を語り合っていました。斉藤さんも、母親や家族のことなどを話しました。「認知症の家族がいる」という共通点があるだけで安心できると感じました。

 帰り道の駅で偶然、つどいに参加していた女性に会いました。「うちはこんな状態」「こんな時はどうしてる?」と立ち話が尽きず、次々とやってくる電車を「私は次に乗るから」「私も」と見送り続け、気付けば3時間がたっていました。「誰かに安心して話せることを、こんなに必要としていたんだ」と強く感じた瞬間でした。

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 その後、つどいに頻繁に出るようになった斉藤さん。回を重ねるうちに「考え方のスイッチを切り替えられるようになった」と言います。それを強く感じたのは2年ほど前、骨折した母のため、階段に手すりをつけるか悩んでいた時のことです。環境が変われば母の機嫌が悪くなることは目に見えていましたが、安全を最優先すれば手すりは必要。悩んだあげく、「お母さんの機嫌がよければ、それでいい」と思い、つけるのをやめました。「こうするべきだ」よりも、目の前の母親が笑っていることが大事だと思えるようになりました。

 「そう思えるようになったのは、たくさんの人の話を聞いてきたから。それからは劇的に介護と向き合う気持ちが変わりました」。「なんとか笑わせてやろう」と明るく接することができるようになり、つらいことがあっても「次のつどいで話そう」と気持ちを整理できるようになったと言います。今年10月、81歳の母を見送りました。

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 今は斉藤さんが支える側です。数カ月前、一人の女性が「どん底にいるような表情」でつどいに現れました。「母の首をしめようかと思う。私も死んでしまいたい」。斉藤さんは「ちょっと笑ってくれることがあったら、その日一日は生きていける。爆笑させられたら1週間、生きていける。その積み重ね」と自分の体験を話しました。女性は「笑うことを忘れてたし、笑わせるなんて考えたこともなかった。ちょっと笑わせてみます」と帰っていきました。

 次のつどいに見違えるような明るい表情で参加した女性は、「一日一笑がモットーです」と話したそうです。11月のつどいで、その女性はこう語りました。「『今がよければいい』『先は考えない』と思えるようになりました。ここだけは、愚痴を言っても責めないでくれるから心が休まります。私がいま生きていられるのは、ここにきたお陰です」

 斉藤さんは「彼女のように苦しんでいる人が、一人でも多く気持ちのチャンネルを切り替えられるように手伝いたい」と話します。東京都支部の代表を務める大野教子さんは「ここで先輩の話を聞いたり、自分の思いを受け止めてもらえたりすると、つらく苦しいだけだった介護を前向きにとらえられるようになる人がたくさんいます。最初は不安があるかもしれませんが、ぜひ仲間がいる安心感を知って欲しい」。

 「家族の会」は各支部でつどいや電話相談を実施しており、電話番号はホームページ(http://www.alzheimer.or.jp/別ウインドウで開きます)で。本部でも電話相談(0120・294・456)を受け付けています。(田中聡子)

介護 心と体の負担

 朝日新聞デジタルのアンケートに寄せられた声の一部を紹介します。

●「同居の姑(しゅうとめ)が認知症です。姑との関係が良くないので、精神的につらいです。『今まで言いたいことを言って私を傷つけてきた人に、なぜ優しく接しないといけないのか』。頭の中には姑を否定する言葉ばかりが浮かんできます。認知症を認めたくない姑は受診を嫌がり最初に気づいてから受診まで2年以上かかりました。『精神科』『物忘れ』等診療科の看板にも拒否反応を示しました。子供の予防接種のように全員が検査を受けるようにすれば、症状が進む前に受診でき早くに治療も出来るのではないでしょうか。受診拒否をする姑の介護は本当に嫌でした。認知症の介護は人とのつながりです。今も『嫌いな姑』とつながるのは苦痛ですが、介護せざるを得ません」(大阪府・50代女性)

●「介護資格取得時に認知症に関して勉強しました。認知症で心配な問題行動は周辺症状と呼ばれるもので、周りの人のかかわり方ひとつで悪化も改善もすることを知りました。認知症のご家族には、ご本人になんとか元どおりになってほしいあまり症状を悪化させる対応をとってしまう方が多いのですが、認知症のご家族にこそ初期段階で正しい知識を持っていただければ、ご本人もご家族ももう少し幸せな時間を過ごせるのではと思うことが多いです。医療機関での説明、自治体主催の勉強会など『介護者が身につけるべき認知症の知識』がもっと広まることを期待します」(神奈川県・40代女性)

●「実母と義母がともに認知症で、実母の方はかなり進行しています。認知症が進んでくると、身内が時々様子を見に行けば済むというようなものではなく、誰かが四六時中べったりと密着して注意を払っていないと、いろいろと問題が起きます。そこに『育ててもらったのだから最後まで面倒を見るのが子供の義務』という物の見方が入ってくると、世話をする側にとっての極度の負担とストレスになります。安心できる外部の施設に完全に任せるということも含めて、介護する側それぞれの対応を温かく見守り、認めてあげてほしいと思います」(東京都・60代男性)

●「認知症予防、という言葉に『予防できるはずなのに怠っていたから認知症になったんだ』というとんでもない攻撃が隠れています。私はならない、という社長に、父が認知症で介護のため仕事が不安定になるかもと話したところ、『大変ね。でも予防できるんでしょ。うちの親にはボケ防止させないと』、と言われました。認知症になってしまった父に対する母の態度は、追い込まれた育児をしている母親と同じようになんでこれができないの、と叱咤(しった)する場面が多く、父の怒り悲しみ心の動揺を誘うような状況でした。閉塞(へいそく)的な環境に追いやられやすく家族が家族を攻撃し陰湿化してしまうという悪循環があると思います」(東京都・40代女性)

●「認知症への偏見を取り払わなくてはいけないと思いつつ、認知症にはなりたくないと思っている自分も払拭(ふっしょく)できません。情けないのですが、本音です」(神奈川県・40代女性)

●「母が認知症になって、田舎から引き取ることになりました。妹は全く関わることを放棄して私に丸投げにしたので実質一人で頑張るしかありませんでした。しかし、思った以上に以前と違う母を受け入れるには時間もかかり、難しい問題が山積みでプロの人たちの力を借りようと福祉制度を勉強し、近くのとても安心できる良いホームに入ることが出来ました。すぐに会いに行け、こちらに来て2年以上経ち80を超えた母は元気にしています。今は瞬間瞬間の母の笑顔を大切にして、もちろんストレスがたまることはいっぱいですが、無理をせず自然に接していこうと思っています。高齢者になれば、認知症だけでなく死にたくなるような病気は多いと思います」(神奈川県・50代女性)

●「両親ともに認知症で、『覚える』ことは、できないため、今日の出来事など過去のことを聞いても答えることができません。また、かつて行っていた自分の仕事もすることが難しくなったため、家事はおおむね私がするようになりました。しかし、2人とも体は比較的丈夫で、食事・トイレ・お風呂など自分のことは、自分ですることができます。ですので、今のところは介護にそれほど大きな負担はかかっていませんが、今後少しずつできないことが増えていくのだろうと予想されます。私が今できることは、認知症の症状が進んでいかないように、できるだけ穏やかな気持ちで日常生活ができるようにしてやることかなと思っています」(三重県・60代男性)

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アンケート「認知症になったら」を4日までhttp://t.asahi.com/forum別ウインドウで開きますで実施中です。ご意見はasahi_forum@asahi.comメールするでも募集しています。

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