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 上方落語の四天王の一人だった六代目笑福亭松鶴(しょかく、1918~86)が、「ブギの女王」として人気絶頂だった歌手笠置シヅ子への対抗心をつづった手紙が見つかった。30歳になったばかりの48年9月、親交のあった旧制一高生で、後に東京大教授となる故・越智治雄に送っていた。専門家は、戦後間もないころの上方落語の苦境ぶりを物語る貴重な資料と評価している。

 手紙は越智から学生時代に教えを受けた天満天神繁昌亭の恩田雅和支配人(69)が保管していた。当時、松鶴は光鶴(こかく)を名乗り、桂米朝、桂あやめ(五代目桂文枝)、桂小春(三代目桂春団治)らと「さえずり倶楽部(会)」というグループで落語家が減って衰退していた上方落語の復権を目指して活動中だった。手紙では、鐘紡住道工場(大阪府大東市)で落語を披露した際のいきさつを詳しく伝えている。

 「吾々(われわれ)グループ丈(だけ)でとの話でしたが、途中から先方から、私の方の女工は皆地方からの人だから、落語講談は、今迄(まで)よく、松鶴、花橘(かきつ)、春団治等が来て居るが解(わか)らないと申しますので、私の方で最后(さいご)に、ブギウギ女王が心易(やす)いから、来て貰(もら)ふとの話」。第一人者だった父・五代目松鶴らの評判が芳しくなく、「東京ブギウギ」の大ヒットで飛ぶ鳥を落とす勢いだったスターの名を出された。この際の胸の内を「一寸厭(いや)な感じがしたが、仕方が無い。こうなれば、東笠置、西さえずりの大相撲、食ふか、食はれるかだ」と明かしている。

 ブギ対演芸。迎えた当日、いざ…

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