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 太平洋戦争中、米軍機に戦闘機ごと「体当たり」して亡くなったとされる若者の慰霊碑が、長崎県諫早市高来町古場の多良岳山中にある。林道から慰霊碑へと続く歩道が、諫早商業高校の生徒によって「忘れじの道」と命名された。

 歩道の入り口に設置された命名表示板の除幕式が11月30日にあった。諫早商生徒会の2年、鉄屋美月さん(17)が「犠牲になった人全ての命を忘れず、戦争を二度と起こしてはいけないと語り継ぐべきだから」と命名の理由を紹介した。

 慰霊碑の建立に携わった人たちでつくる「日米友好追悼の会実行委員会」によると、若者は当時21歳だった坂本幹彦少佐=佐賀県相知町(現唐津市)出身。両機は多良岳上空で衝突し、少佐の遺体は山中で発見された。米軍機は諫早市小長井町沖に墜落したという。

 1992年に地元有志が慰霊碑…

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