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 舞鶴市南田辺の市郷土資料館に、作者不詳の江戸中期の史料「嶽家文書(だけけもんじょ)」が保管されている。ここに明智光秀と細川藤孝(幽斎)の名が記されている。続きを読むと、光秀の家臣と幽斎が2羽の鶴を馬で追いかける描写がある。鶴が舞い降りた地に田辺城(南田辺)を築いたという記録だ。

 織田信長の命を受け、光秀とともに丹波(現在の府北部と兵庫県東部)攻めをした幽斎が拠点にしたのが田辺城だ。本丸があった場所は舞鶴公園となっているが、城門はシンボルとして1992年に建てられた。

 歴史ファンでつくるボランティア団体「田辺城ガイドの会」副会長の於久田推(おくだきわむ)さん(84)=舞鶴市溝尻=は、嶽家文書の逸話について「田辺城の始まり。光秀は部下を派遣し、幽斎の築城を手伝った」と話す。於久田さんら会員は、来城者から予約を受け、城内の資料館を案内している。

 信長が将軍足利義昭を連れ、上…

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