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 2008年の暮れ、東京・日比谷公園に現れた「年越し派遣村」。リーマン・ショックで仕事だけでなく住まいまでも失った非正規の労働者らが多く集まり、脆弱(ぜいじゃく)な働き方が広がっている実態を社会に知らしめた。それから10年。安定した働き方は増えたのか。

 「御手洗さん、僕たちから仕事も住まいも奪わないでください」

 08年12月初旬、東京・大手町の経団連会館の前で当時34歳だった男性がマイクを握った。訴えた先は当時の経団連会長で、キヤノン会長だった御手洗冨士夫氏。同社は同年9月のリーマン後、デジタルカメラの生産拠点だった「大分キヤノン」(大分県)の工場で大規模な減産を進めた。派遣会社や請負会社は一斉に工場で働く社員に解雇を通告。その数は1千人を超えた。

 派遣で働いていたこの男性も通告を受け、年末で社員寮からも退去するよう迫られた。男性は個人で入れる外部の労働組合に加入。電機や自動車など製造業で相次いだ「派遣切り」が批判を浴びる中、労組の交渉は注目を集め、結果的に大分キヤノンと派遣会社から約700人分の補償として約2億円を引き出した。

 それから10年が過ぎた。男性は現在、大分キヤノンの下請け工場で、カメラカバーの組み立てを担う請負社員として働く。建設会社で正社員として働いたり、漬けもの工場でアルバイトをしたりしたが、「製造業派遣の経験しかなく、新しい仕事をゼロから覚えるのは大変だった。結局やり慣れた仕事に戻っていた」という。

 キヤノンは今でも地元では大口…

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