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ともに生きる・障害者週間に寄せて(1)

 トントントン

 バッタン

 トントントン

 規則正しい音が室内に響いている。織り機に向かって横糸を通してきゅっと締め、レバーを上下させて次の糸を通す。

 10代の入所者4人が同じ作業に取り組み、スピードは人それぞれ。記者がカメラを持って近づくと、みんながこちらを見上げた。「みんな撮られるのが好きなんです」。職員の味埜(みの)美穂さん(33)が笑った。

 織り機に向かっていた女性が立ち上がり、道具を片付けた。

 「で、き、ま、し、た」

 両手で味埜さんとハイタッチ。女性は満足げな表情を浮かべた。

 「協応動作」といい、視覚と手や足を連動させ、複雑な動きができるようにする狙いがある。終わったら必ずハイタッチ。味埜さんは「できた!という『認め』を作っていくことが大事」と言った。

 秦野市の東名高速道路近くの山あいにある、障害児施設「弘済学園」の日中の一場面だ。重い知的障害や自閉症のある入所者が、作業に取り組んでいる。

 別の部屋では男性たちが木彫に取り組んでいた。職員の山本涼子さん(38)が彫る範囲を鉛筆で示して渡し、彫刻刀で彫っていく。

 「上手だね!」。山本さんや通りかかった職員が声をかけ、笑顔が広がる。

 ここでも大事なのは達成感。工夫の一例として、山本さんがお菓子のカップにためた木くずを見せてくれた。「40分でこれだけできたね、最高記録だねって、確認できるようにしています」

 利用者の中には、言葉でのコミュニケーションがない人もいる。でも、ほめたり拍手したりして、気持ちは通じ合う。

 「きょうは機嫌がいいとか、調子悪いなどうしたのかなとか、探りながら見ていく。実は、言葉のある人となにも変わらないです」と山本さんは言った。

 利用者は毎日の見通しがつくと安心する。あるグループは平日は毎日同じ時間に木彫に取り組み、別のグループは織物をする。どちらも細かく、根気の要る作業だ。集中力を養い、達成感を得ることを狙っている。

 弘済学園は1963年に利用者の作品の展示会を始めた。「障害者になにができるんだ」と強い偏見があった時代。彼らを知ってほしいという思いがあった。

 98年には、利用者の保護者の知り合いの親戚にあたる、俳優の舘ひろしさんがオープニングセレモニーに参加。舘さんは「一過性の活動ではなく継続して応援したい」と、毎年出席している。多くのファンが集まり作品を見て帰って行く。

 療育支援課長の北嶋新一さん(51)は「大勢のお客さまが通る東京駅に作品が並ぶこと自体が、この子たちの大きなエネルギーになっている」と言う。

 展示会は、2008年から舘さんのアドバイスで「わたしたちが創る展」と改称した。

 「誰もがその人なりに力を発揮し、暮らしていけるのが共生社会だと思う。『わたしたちが創る』という言葉にも、共生への願いが込められている」と北嶋さんは言った。(太田泉生)

    ◇

 2016年7月に相模原市緑区の障害者施設「津久井やまゆり園」で起きた殺傷事件をきっかけに、朝日新聞神奈川版で始めた企画「ともに生きる」を再開します。障害者週間(12月3~9日)にあわせた今回の連載は全3回。その後は随時掲載します。ご意見や体験をお寄せ下さい。電子メール(kanagawa@asahi.comメールする)やファクス(045・641・9696)で、朝日新聞横浜総局「ともに生きる」取材班へ。

なぜ今、再び「ともに生きる」を問うのか

 障害者は身体と知的、精神の三つに大別される。等級により程度も様々だ。行動などに制約があり、健常者は「可哀想に」と思うかもしれない。だが、それは勝手な決めつけではないか。人間は誰もが幸福を求めて生きている。「生きている価値がない」と、46人の障害者らが殺傷された津久井やまゆり園事件の衝撃から2年4カ月が経った今も、強くそう思う。

 私は先天的に右手首から先がなく、日常的に義手を使う身体障害者だ。名刺交換やカメラ、パソコンが不得手といった制約はあるが、自分なりに人生をまっとうしようと思っている。

 障害者は、健常者のすぐ隣にいる。健常者がいつ障害者になってもおかしくない。だれもが安心して幸福を追求できる世の中にするにはどうすべきか。私たちは「ともに生きる」の企画を再開し、多くの方とともに考えていきたいと思う。

 

<アピタル:ニュース・フォーカス・その他>

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