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 作家の横山秀夫さんに、文芸を取材してきた記者がロングインタビューをしました。マンガ編集者からのダメだしと向き合った日々、日航機事故への思い、そして近く刊行予定の新作にいたるまで。2017年4月から18年11月にかけて掲載された記事を、まとめてお届けします。

連載「横山秀夫・物語の始まり」

 横山秀夫さんに初めて会ったのは15年以上前になる。

 警察を管理部門から描いた「陰の季節」で脚光を浴び、話題作を次々に発表していたころだった。

 新刊について話を聞き、インタビュー記事にする。警察組織に向けるまなざしの深さや、身を削るようにして書くスタイルに感嘆したものの、それは文芸記者にとって日常的な仕事の一つだった。

 横山さんの人と作品について切実に考えるようになったのは、直木賞で落選した「半落ち」をめぐる取材からだ。事実誤認に基づく選考委員の指摘に怒りつつも、まだ直木賞への態度を公式に表明していなかった横山さんに決別宣言をさせてしまった。それは、自分の立ち位置を考えなおす契機となった。

 15年を経て、横山さんの作品を見渡す取材ができたのは幸せだった。読んだつもり、論じたつもりでいた作品の、本当のすごさ、奥行きの深さに驚かされた。未熟な読みと問いかけにもかかわらず、毎回3時間を超すインタビューにおつきあいいただいた横山さんには感謝するしかありません。(加藤修)

拡大する写真・図版直射の光が入らず、狭く、囲まれた感じに設計した書斎。「ここに入ったら脱出できないと思えるのが大切なんです」=写真家、髙山昌典氏撮影

事件記者を辞めたわけ

 《1991年にサントリーミステリー大賞の佳作に選ばれた「ルパンの消息」は、幻の作品と呼ばれてきた。新聞記者を辞め、作家への道を選ぶ転機になった作品でありながら、デビューしそこね、出版されたのは「クライマーズ・ハイ」などがヒットした後の2005年になってからだった》

 ――どんでん返しも決まっていて、現在の作風に比べ軽やかですね。

 小説を書いていて楽しかったのは、この作品だけかな。小学生のころに図書室で借りた「宝島」や「フランダースの犬」の“続編”を書いていた時のように、すごくわくわくしました。

 今はしんどい。読者にお金をもらって読んでいただくわけですからね、手抜きも妥協も一切しません。日々コールタールの海を泳いでいる気分ですよ。

 ――小説を書きたい気持ちがほとばしり出た感じですね。でも、書く時間がよくとれましたね?

 当時は県庁の記者室に詰めていて、帰宅後の午後11時ごろから朝まで書いていました。物語を書くことが面白くて、面白くて……。400字詰めの原稿用紙400枚ぐらいを、5月の連休をはさんで3週間かかっていなかったはずですよ。まあ、仕事の合間に昼寝もしましたけどね。

 ――新聞記者の仕事よりも楽しかったのですか?

 うーん。会社のなかでも外でも、横山といえば事件記者と見られていたし、やりがいもあって、自分でも記者が天職だと思っていました。

 でも、何か違うなという違和感がだんだん膨らんできたんです。周囲の評価と自分の気持ちが嚙(か)み合わなくなっていったというか……。

 新聞社を離れて四半世紀が過ぎた今なら、当時の自分を客観視できますね。

 まず、ジャーナリズムの仕事をしていくうえで、自分には正義感や使命感が少し足りないと気づいたことです。日々の紙面で、犯罪者を断罪したり世の不正を追及したりしていましたが、それが新聞の重要な役割だとわかってはいても、そんな資格が果たして自分にあるのかと悩みました。最後には「記者という仕事はよほどの善人かよほどの悪党でなければ究められない」と思い詰めてしまって。善人でも悪党でもない私は心の置き場がどんどん狭まっていきました。

 もう一つは、新聞というメディ…

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