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 77年前のきょう、1941年12月8日に太平洋戦争が始まった。戦火は本土から数千キロ先の島々にも降りかかった。補給が絶たれ、陸と海から追い詰められて犠牲になったのは、兵士だけではなかった。

 頭の骨だけは持ち帰りたくて、母を埋めた場所を必死に掘り返した。なのに、かなわない。沖縄県糸満市に住む金城(きんじょう)文郎さん(83)は幼いころの記憶にいまも苦しめられている。

 8歳だった44年。生まれ育ったサイパンに、戦争は徐々に迫ってきた。沖縄から移住し、農家をしていた両親のもとに日本の兵隊が食料をもらいに来た。少しすると小学校が接収され、やがて米軍が上陸してきた。

 日本からは船も飛行機も来なくなった。南に2千キロ。文字どおりの孤島になった。橋の下に隠れていると、日本兵に追い出された。南北20キロの土地に逃げ場はなかった。

 夜になると米艦から楽しげなラジオの音が聞こえてくる。囲まれていた。父親は艦砲射撃で吹き飛ばされた。「かわいそうだと思う間もない」。金城さんの手を引く母も尻を撃たれた。ウジがわき、金城さんはガーゼで何度も拭き取った。3週間ほどして、米軍収容所で亡くなった。

 5、6人の遺体と一緒に埋めら…

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