【動画】「日本語作文コンクール」で最優秀賞を受賞した復旦大4年の黄さん=冨名腰隆撮影
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 第14回「中国人の日本語作文コンクール」(主催・日本僑報社、メディアパートナー・朝日新聞社)の表彰式と受賞者のスピーチ大会が12日、北京の日本大使館で開かれた。日中平和友好条約締結40周年の今年は、中国各地の235校から4288点の応募があった。

 最優秀賞(日本大使賞)には、復旦大の黄安琪さん(21)の「車椅子で、東京オリンピックに行く!」が選ばれた。

 作品は交流プログラムで訪問した京都でバリアフリー社会の温かさに触れた体験をつづった。黄さんは「大好きな祖母のために書いた。外国人として見た日本の魅力も伝われば」と喜びを語った。

 横井裕大使は「若い皆さんが隣国としての付き合い方に鋭い視点を提供していると感じた。作品の中で主張していた全ての考え方に深く賛同する」と話した。(北京=冨名腰隆)

 最優秀賞(日本大使賞)を受賞した復旦大学の黄安琪さんの作品「車椅子で、東京オリンピックに行く!」の全文は次の通り。

     ◇

 60歳になった祖母がいる。若い頃は地元で小学校の体育教師をしていた。彼女の人生最大の夢はオリンピックを見に行くことだった。一番残念だったのは、10年前の北京オリンピックに行けなかったことだ。

 2008年、待ちに待った北京オリンピック開催の年、祖母は交通事故で右足を粉砕骨折、9時間の手術の末、車椅子生活になってしまった。病床で彼女は何も言わず、ただ窓の外の空を眺めていた。あの日の夕焼けは、流れる血のように鮮やかだった。

 私は一人っ子である。ひとりぼっちだった。祖父や両親は用が多かったため、祖母もひとりぼっちだった。それで、私と祖母は一番の仲良しになった。実家は杭州、祖母と街中遊び回り、また祖母からいろんな話を聞くのが私の楽しみだった。週末になるといつも、87番バスの霊隠寺駅で降りて境内の鐘の声を聞いたり、12番バスの雷鋒塔駅で下車して西湖に沈む夕日を眺めたりした。

 しかし、事故の後、祖母は外へ出かけなくなった。祖母と外の間に、越えられない壁ができたみたいだった。

 車椅子で交通機関の乗り降りをするのは、結構大変なことだ。介護者が同伴しても、バスの昇降口にはかなりの段差があるので乗り降りが難しい。運転士や他の乗客はそれで長時間待たせられ、イライラしてしまうことも少なくない。迷惑をかけているのはこちら、赤の他人のせいで時間を無駄にされたくないという気持ちもわかる。だが、やはりそういう気持ちに触れたり、体の自由がきかないことを直視したりするうち、祖母はどんどん元気を無くしていった。あんなに負けず嫌いだった、祖母が。

 それ以来、祖母は新聞や絵本を読んだり、手なぐさみに何か弄(いじ)ったり、縁側の日向で空を見たりして、その日その日を家で過ごした。8月には無事にオリンピックが始まったが、祖母は行かなかった。「本当は、そんなに行きたくないんだ」と言っていたが、そんなはずはなかった。

 あれから10年が経ち、私は大学3年生になった。昔から日本文化が好きだった私は日本語学科に進み、京都で短期交流のプログラムに参加することもできた。

 その日は9月中旬を過ぎたにもかかわらず、とても暑かった。昼近くに活動を終え、いつも通りバスに乗った。まもなくバスは祇園に着き、観光地だけに多くの人が乗って来た。立ち並ぶ人の熱気と外からの日差しで、さっきまでの心地よさは一気に無くなってしまった。

 次のバス停に着くと、乗車待ちの行列に車椅子の方が見えた。

 「皆さん、すみませんが、お時間いただきます」という車内放送が流れた。運転士が車椅子の乗り込めるスロープを出す間、乗客たちは座席を畳んでスペースを作った。もともと5分遅れている上、更に出発時間が遅れていたが、誰一人文句を言わなかった。介護の方は乗客たちに「お待たせして、すいません」と申し訳なそうにしていて、車椅子のおばあさんもずっと「すいません、ありがとうございます」と言っていた。乗客たちは、それを笑顔で迎えた。

 なんだか、心が温かくなった。

 バスを降りる際、「ご協力ありがとうございました、よい1日になりますように」と運転士に言われた。私は不覚にも目頭が熱くなった。運転士の言葉に感動したのか、皆の優しさに心打たれたのか、それとも、祖母を思い出したのだろうか。

 たしかに、日本では街で障がい者をよく見かける。都会はもちろん、地方でもバリアフリー化が進んでいて、各所でスロープや多目的トイレがよく見られる。「車椅子の人も歓迎されているんだ」と感じ、感銘を受けた。それは「平等」や「愛」を伝えるメッセージであるだけでなく、不幸な人の心を癒やし、幸せにする「薬」なのだ。

 「ねえ、おばあちゃん、知ってる? 私、おばあちゃんを東京に連れて行くよ。オリンピックに! 車椅子で!」

 祖母の夢はここで実現できる。日本は魅力的な国だから。そう、信じている。

 帰り道に空を見上げた。赤い夕焼けはあの日と同じように輝いていた。

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 第14回「中国人の日本語作文コンクール」(主催・日本僑報社、メディアパートナー・朝日新聞社)の主な受賞者は次の通り(敬称略)。

 【最優秀賞】(日本大使賞)黄安琪(復旦大)

 【1等賞】●(●は左に「台」、右に「おおざと」)華静(青島大)▽王美娜(中南財経政法大)▽王婧瀅(清華大)▽劉玲(華東師範大)▽呉曼霞(広東外語外貿大南国商学院)

 【2等賞】朱雯(東華大)▽周夢琪(江蘇師範大)▽郭順鑫(蘭州大)▽周凡淑(清華大)▽張伝宝(山東政法学院)▽黄鏡清(上海理工大)▽武田真(北京科技大)▽王寧(中国人民大)▽陳昕羽(浙江万里学院)▽倪雲霖(湖州師範学院)▽由夢迪(黒竜江外国語学院)▽周義東(東華理工大長江学院)▽陳夢嬌(杭州師範大)▽周婕(福建師範大)▽何発芹(常州大)