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 奈良市の唐招提寺(とうしょうだいじ)でみつかっていた鎌倉時代の高僧、證玄(しょうげん、1220~92)の遺骨が納められたとされる蔵骨器(ぞうこつき)を再調査し、弟子とみられる2人の遺骨が一緒に納められていたことが新たに分かった。寺が21日発表した。調査した元興寺(がんごうじ)文化財研究所(元文研、奈良市)によれば、同じ蔵骨器に複数の人の遺骨が納められたケースは初めて。頭骨片に弟子の名が記されたことも分かり、専門家は師弟関係の緊密さを示す貴重な発見として注目する。

 蔵骨器は唐招提寺境内の約150メートル西に位置する末寺の西方院(さいほういん)の五輪塔(ごりんとう)の下に埋められ、1969年に行われた調査で発見されていた。今年7月、塔の解体修理にあわせて、元文研が蔵骨器の内部を詳しく調べた。

 蔵骨器は銅製。ふたを含めて高さ33・8センチ、直径約17センチの経筒(きょうづつ)型で、外側に銅製の銘板(幅8・9センチ、高さ14・9センチ)が付けられ、證玄の名や出身地、生没年月日などが刻まれていた。

 蔵骨器の中には約5センチ角の頭骨が複数敷き詰められ、少なくとも3人分の骨が納められたことが分かった。うち6枚には梵字(ぼんじ、サンスクリット文字)や漢字が墨書され、「快真(かいしん)」という證玄の弟子とみられる署名もあった。元文研は師匠の骨を納めた後、弟子2人の骨を納めた「追葬(ついそう)」の可能性があるとみる。

 唐招提寺は、759年に唐僧の鑑真(がんじん)が創建した律宗(りっしゅう)の総本山。律宗は鑑真の渡来で盛んになった奈良仏教六学派(南都六宗)のひとつで、戒律の順守を重んじることで知られる。證玄は鎌倉時代に唐招提寺長老に就き、衰退した寺の復興に尽力したことで知られる。

 細川涼一・京都橘大学長(日本仏教史)は「鎌倉時代の律宗は戒律を重視し、どの師匠に戒律を授けられたのかも重要だった。弟子の骨を納める追葬や署名は、師弟関係の緊密さで知られる鎌倉時代の律宗の特徴が表れている」と話す。

 蔵骨器は来年2月8日から奈良国立博物館で開かれる特別陳列「覚盛上人(かくじょうしょうにん)770年御忌(おんき) 鎌倉時代の唐招提寺と戒律復興」で展示される。

同じ蔵骨器に複数の人物の遺骨が納められていたのは、なぜでしょうか。謎に迫ります

 奈良・唐招提寺の末寺にある五…

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