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 1995年の阪神・淡路大震災で、JR六甲道駅(神戸市灘区)は全壊した。当初、本格復旧に2年はかかると予想されたが、わずか74日で利用できるようになった。復興に欠かせない大動脈を一刻も早くつなぐため、高架駅をジャッキアップする前代未聞の工法に挑んだ工事関係者たち。そんな実話をもとに、工事責任者の男性を主人公にしたドラマ「BRIDGE(ブリッジ)」を、関西テレビ(カンテレ)がつくった。

 震災では、JR神戸線だけでなく、阪急神戸線、阪神本線も線路が崩壊し、神戸と大阪を結ぶ鉄路は寸断された。六甲道駅は高架駅を支える柱が壊れ、1階部分はぺしゃんこに潰れた。

 直後に不通となった高槻―姫路間のうち、最後まで残った住吉―灘間で、最も被害が深刻な約200メートル区間の工事を請け負ったのは奥村組(大阪市阿倍野区)だった。工事責任者を任されたのは当時入社27年目の岡本啓(あきら)さん(69)。初めて現地入りした際は、「どないなってるんや」と駅の周囲を何度も行き来したという。

 復旧には電車が迂回(うかい)できる仮の線路を敷き、駅舎を壊して新設する工事が必要だと考えた。この場合、工事期間は2年以上かかる。

 しかし、JRは一刻も早い営業再開を求めた。幸い線路をのせる橋梁(きょうりょう)部分が壊れていなかったため、ジャッキで元の高さまで持ち上げ、柱を建て直す異例の工法を取ることに。長さ20~30メートルの橋梁1本の重さは約1200トン。それをジャッキ16台で5~10センチずつじわじわとあげていく。「とにかく安全が第一。大動脈の線路をつなぐのにみんなが必死で、心一つに動けたからできた」と振り返る。最大時には約200人が現地に入り、2交代制で昼夜を問わず工事は続いた。

 岡本さんが大阪市の自宅に帰るのは2週間に1度。阪神電車の梅田駅で、目にした光景が頭から離れなかった。被災したとみられるお母さんと小学生の女の子が、水を入れた青色のポリタンクを持って黙々とホームを歩く姿だ。「胸が熱うなってね。何とかしないと、と」

 4月1日、震災から74日ぶりにJRが先陣をきって全線開通した。駅前のビルには「工事の皆さまありがとう 再誕・六甲道」という横断幕が掲げられた。

 ドラマで岡本さんをモデルにし…

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