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 宮崎県高千穂町の山あいの土呂久(とろく)地区で起きた土呂久ヒ素公害。被害発覚から50年近くが経ち、風化が危惧されている。県は「土呂久」を環境教育の場として残そうと動き始めた。

 「土呂久公害を知っていたのは中学1~3年の113人中、わずか2人。先生もびっくりしました」

 昨年11月、高千穂町に隣接する五ケ瀬町の五ケ瀬中等教育学校。土呂久公害を学ぶ中学2年の授業で教師が生徒40人に話した。1~3年生への事前アンケートでは「小学校で習った記憶がある」と答えた人が、ゼロだったことも紹介した。

 授業では、県がつくった約10分間のDVDが流された。「大正時代からヒ素がつくられ、昭和の初めに家族7人のうち5人が2年間で亡くなるということも起きました」と公害の実相が伝えられた。

 県は風化を危惧する地元の声を受け、2017年度にDVDとパンフレットを作成。18年7月に公立小など約250校に配った。

 課題は教える側にもある。県によると、小学5年の社会の授業で水俣病など四大公害を習う機会があるが、土呂久公害に触れる学校は少ない。土呂久公害自体を知らない教員もいる。

 県が頼ったのは土呂久公害の告発者、齋藤正健さん(75)。28歳のとき、小学校教諭として初任地の高千穂で、土呂久地区の子が病気がちなことを不審に思い、調査。教員の研究集会で公害の実態を発表し、救済活動や国の公害病認定へのきっかけをつくった。

 18年11月には母校の宮崎大で講演。当時の調査で聞き取った被害住民の肉声をテープで流し、「豊かな自然と公害という悲惨な歴史を持つ土呂久は自然のありがたさと命の大切さを教えてくれる場所です」と呼びかけた。

 県は、土呂久を舞台にした大学生の現地学習や外国からの研修生受け入れを始めた。19年以降は現地に案内看板を置くことも検討している。(小出大貴)

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 〈土呂久ヒ素公害〉 宮崎県高千穂町岩戸の土呂久地区の旧土呂久鉱山(1962年に閉山)でつくられた亜ヒ酸の煙害や水質・土壌汚染の影響で、周辺住民が慢性ヒ素中毒症を発症した。71年に地元の小学校教諭の調査によって発覚し、73年に国が公害病に指定。被害住民が業者を訴えた裁判は90年に最高裁で和解が成立した。亜ヒ酸は農薬や防虫剤の原料に使われ、鉱石を窯で焼く「亜ヒ焼き」という手法でつくられた。