[PR]

 気温は零下。「キエフルーシ」と呼ばれる公国時代の11世紀に建てられた世界遺産、聖ソフィア大聖堂の前で、青と黄色のウクライナ国旗が揺れた。広場に設けられたステージに、地元の文化人や市民活動家らが次々登場した。

 複数のウクライナ正教会の統一を決める聖職者会議が開かれた12月15日のことだ。1991年にソ連から独立して以来、バラバラに活動してきた。

 数千人の信者や現政権の支持者が、会議が始まる前の午前10時ごろから、キエフの大聖堂前に詰めかけた。人々の胸や手首にも、青と黄色のリボンやリング。教会の統一と、そのトップにつく府主教の名前が告げられたのは午後5時半過ぎだった。日はとっくに暮れ、気温はさらに下がって吐く息が真っ白に浮かび上がっていた。

「独立進む。何年も待った」

 友人たちと並び、会議の終わりを待っていたナジア・ボンダルさん(62)は興奮気味に「きょうは、ウクライナの独立を進め、国民をさらに結びつける歴史的な日だ」と話した。「私たちは何年も、何年もこの日を待っていた」

 キリスト教東方正教会は、プロテスタントが生まれた宗教改革よりはるか前にカトリックとたもとを分かった。ギリシャ、中東などの地中海地域、10世紀以降にキリスト教化した現在のロシア・東欧地域で発展した。その中で、ウクライナの教会は17世紀以来、モスクワに総本山を置くロシア正教会の管轄下に置かれてきた。

 ソ連崩壊前後からは教会も独立の動きが活発化してきたが、教会法で唯一の「合法教会」とされたのは、モスクワを総本山とするロシア正教会が監督下におく「ウクライナ正教会(モスクワ総主教派)」だけだった。独立を目指す聖職者らは独自に「ウクライナ正教会(キエフ総主教派)」などの教会をつくり、多くの信者が集まった。それにもかかわらず、他国の正教会から承認を得ることができなかった。

 独立が可能になったのは、今年10月に東方正教会で最高の権威を持つコンスタンチノープル全地総主教庁(トルコ・イスタンブール)が、ロシア正教会にウクライナの管轄権を与えた1686年の古い文書の効力を取り消したからだ。

ロシアとの関係悪化のおかげ

 15日の聖職者会議は、全地総…

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

有料会員限定記事こちらは有料会員限定記事です。有料会員になると続きをお読みいただけます。

980円で月300本まで有料記事を読めるお得なシンプルコースのお申し込みはこちら