1956年出発の第1次南極観測隊で越冬した元朝日新聞社員の作間敏夫(さくま・としお)さんが20日朝、死去した。92歳だった。葬儀は近親者のみで行う予定。

 1次隊は57年1月に南極・東オングル島に上陸、昭和基地建設と物資輸送のめどがたち、残る越冬の条件は日本との通信の確保だった。通信隊員として参加した作間さんは、モールス信号で銚子無線局との交信に成功。日本の初越冬につながった。越冬中は、日本国内の本部関係者や家族、南極にある外国基地との連絡役を担った。出発時、見送りの人に託された三毛猫をかわいがり、一緒に帰国したことも知られる。(中山由美