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 アフリカの一部で流行するエボラ出血熱やポリオと聞くと、ちょっと怖いイメージがあります。ところが、それらとリスクが同程度と米国に評価された感染症が日本にもあります。首都圏を中心に患者が出ている風疹です。国は2020年度までの「排除」を掲げており、昨年12月には、免疫が十分でない世代のワクチン接種を無料にすることを決めました。しかし、「排除」が実現するか不透明で、東京五輪に向けて観光面でのマイナスを指摘する声も上がっています。

 米疾病対策センターは昨年10月、風疹の免疫がない妊婦は日本に渡航しないよう勧告を出した。危険度を示す指標は「レベル2」。コンゴ民主共和国のエボラ出血熱やニジェールのポリオと同レベルだ。

 国内で患者が増え始めたのは7月下旬。特に首都圏が多く、そのほか西日本などでも患者が発生し、12月19日時点で2713人の感染が報告されている。

 風疹は風疹ウイルスによって起きる感染症で、発熱や発疹、リンパ節の腫れなどの症状がある。30%くらいは無症状の一方、急性脳炎など重い合併症が起きることもある。対症療法以外に治療法はなく、ワクチンで防ぐしかない。

 妊娠初期の女性がかかると、赤ちゃんが先天性風疹症候群(CRS)にかかり、目や耳、心臓などに障害が残る恐れがある。12~13年に流行した際にはCRSの赤ちゃんが45人生まれ、うち11人が亡くなった。

 今の制度では、1歳と小学校入学前の2回、ワクチンの定期接種を受けることになっている。ところが、制度が何度も変更された影響で、現在39~56歳の男性は無料で受けられる定期接種の機会が一度もなかった。このため、免疫を持っている割合が79・8%とほかの世代や女性に比べて低い。今年の患者の中心も30~50代の男性だ。

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抗体検査で対象を絞る

 国は14年、東京五輪・パラリンピックのある20年度までに排除することを目標に掲げた。ただ、接種に向けた取り組みはあまり進まなかった。

 東京都世田谷区で「かるがもクリニック」を開業する宮原篤院長は「過去にワクチンによる副反応への反対運動が起こり、国が敗訴が続いたことなどで、厚生労働省はワクチン推進に及び腰だったように見える。それが今日の多くの未接種者を生むことにつながった」と指摘する。

 厚労省は今年の流行を受けて、ようやく、未接種の層への対策が不可欠として、19年から3年にわたり、現在39~56歳の世代を定期接種の対象にすると発表した。抗体検査で免疫が十分でないと判断された人がワクチン接種をした場合、原則無料で受けられるようになる。同省の担当者は「抗体検査で必要な人を絞り、効率的に接種を進めたい」としている。

ワクチン、生産量と見合う?

 では、この対策で20年度までの「排除」が本当に実現するのだろうか。課題の一つは、抗体検査とワクチン接種が二段構えになっている点だ。

 日本ワクチン産業協会によると、風疹の予防接種に使われるMRワクチンの17年の生産量は250万本。定期接種対象の1歳児と就学前の1年間の2回接種分で200万本は必要になり、例年でもほかに回せる余裕は少ない。

 厚労省が今回、新たに定期接種の対象とする年代は約1600万人。このうち、実際に免疫がないのは2割程度とみられる。同省は、ワクチンの製造企業に増産を依頼。抗体検査で絞り込むことで必要量はまかなえるとしている。

 川崎市健康安全研究所の岡部信彦所長は「抗体検査でふるい分けるだけではなく、ワクチンを受けたい人がすぐに受けられるよう、ある程度のニーズに対応できる量を確保するための増産が必要だ。ワクチン製造企業にはぜひ協力してほしい」と指摘する。

 また、ワクチンに詳しい北里研究所の中山哲夫特任教授は「本来は抗体検査などせずに、ワクチン接種を受けていない世代の男性全員を対象に接種するのが一番確実。だが、抗体検査で対象を絞らないととてもワクチンが足りない」と話す。

 風疹予防には、おたふく風邪の混合ワクチン(MMRワクチン)を個人輸入して接種することもできる。宮原院長も、以前から実施している一人だ。だが、万一、重い副作用が生じた場合、日本の予防接種被害者救済制度の対象にはならない。輸入業者独自の副作用救済制度もあるが、ハードルが高いと言わざるを得ないという。

多忙な世代に接種を促すには

 もう一つの課題は、今回の対象者となる働く世代の男性たちに、いつ抗体検査や予防接種を受けてもらうのか、という点だ。厚労省は今後、職場での健康診断などの際に抗体検査も受けられるようにしたいとしているが、予防接種のために改めて受診する必要があり、ハードルは低くない。

 01~03年に、ワクチンの接種率が低かった今の31~39歳の男女に対し、医療機関に行けばいつでも定期接種を受けられるような制度を設けたが、接種率は上がらなかった。今回の流行では、30代の患者も相次いでいる。

 国立感染症研究所(感染研)の多屋馨子室長は「制度を作っても、対象者に届かなければ意味がない。検査で免疫がないとわかった人が放置されないよう、予防接種を受けるまでアプローチが必要だ」と指摘する。

 今後も流行が続けば、東京五輪・パラリンピックを控える日本にとって観光面での打撃になりかねない。中山さんは「オリンピックには間に合わない可能性があり、流行している地域で重点的にいますぐ公費助成によるワクチン接種をすすめる必要がある。来年も風疹が流行すれば、海外では妊婦の渡航を控える動きも出るだろう。ジカウイルス感染症(ジカ熱)で妊婦への警告が出たリオデジャネイロ五輪・パラリンピックの二の舞いになるかもしれない」と話している。

企業の協力も必要

 厚労省が20年度までにめざす「風しんの排除」は、土着のウイルスによる感染が1年以上確認されない状態をさす。19年度中に感染者をゼロにしなければならず、時間はもう限られている。

 そんな中、独自で風疹対策に取り組む企業も出始めている。

 自動車用触媒メーカーのキャタラー(静岡県掛川市)は、15年に職場で風疹の感染者が相次いだのを機に、社員の予防接種歴を調査。予防接種を受けたことが確認できない人を対象に、会社が費用の7割を負担し、職場で接種の機会を設けたり、病院への貸し切りバスを仕立てて接種を促したりした。

 結果、2カ月で9割以上の社員は予防接種を受けたか抗体が十分にあることが確認できる状態になった。今年の流行を受けて、再び社員の予防接種歴を調べ、社内で接種できる場を設けるという。

 国立感染症研究所の多屋馨子室長は「職場での接種やワクチンを受けるための休暇制度など、企業も環境作りに協力してほしい」と話す。

<アピタル:医療と健康のホント>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/honto/(松本千聖、服部尚)