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 ダイオキシン類が混入した食用油による食中毒事件「カネミ油症」では、患者が死産したり、病を抱えた子が生まれたりした。やむなく中絶した母親もいる。自身の健康被害に加え、健やかに産み育てられなかったという自責の念に、母親たちは今も苦しんでいる。

 「産みたい気持ちはあった。でも、怖かった」

 福岡県に住む女性(77)は、初めて授かった子をあきらめざるをえなかった。

 最初に異変を感じたのは1968年10月ごろ。髪が抜け、急に目が見えにくくなった。台所に米屋が配達した「カネミ」と書かれた油瓶があった。米ぬか油を口にした人たちが、全身の吹き出物で苦しんでいる、と報じられていた。

 結婚3年目のそのころ第1子を妊娠。自身に吹き出物はなかったが、不安が芽生えた。カネミ油を食べた女性が死産したり、肌が黒い赤ちゃんを産んだりしていた。産科医に相談すると、「あきらめた方がいい」。妊娠3カ月で中絶を決めた。

 もう油の影響はないと考えていた70年、待望の長男を産んだ。だが赤ん坊は呼吸が浅く、胸が激しく上下する。母乳を吸えずにやせ細った。心臓の壁に穴があく心室中隔欠損と診断された。幸せなはずの日々は「爆弾を抱えているような緊張感」に覆われた。

 油を直接口にしていない患者の子も母胎を通して影響を受けている可能性があり、血中のダイオキシン濃度などの診断基準をもとに油症患者と認定されることがある。

 女性と長男は75年に油症と認定された。夫も続いた。「油を食べさせ、家族みんなに迷惑をかけてしまった」と悔やんだ。長男の支えにもなる、と考えて産んだ次男も認定された。「烙印(らくいん)」を押された気がした。

 「母の役割を果たせなかった」という悔いもある。

 体がずっとだるかった。起き上がれず、幼稚園の送り迎えもままならなかった。お弁当も作ってあげたことがない。子どもは体が弱く、通院を繰り返し、小児科医に「また病気させて」と叱られた。

 「販売している油を食べただけなのに」。理不尽だとの思いは消えない。あきらめた最初の子のことは、考えないようにしている。「悔やんでも戻ってこない」。自分に、そう言い聞かせてきた。(新屋絵理)

■4カ月で命を終えたあの…

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