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なんもく物語

 「消えゆくムラ」と呼ばれる群馬県南牧(なんもく)村を訪ね、話を聴く。ことばが心に突き刺さる。

 3世代の石井さんの話もそうだった。

 武男さん(78)。中学卒業後、村の産業とともに歩んだ。コンニャク、養蚕、林業。それなりに食っていけた。だが、そのいずれも年々勢いを失っていった。

 周囲から「村の代表になってくれ」と請われ、村議に就いたのは1995年。もう6期目になる。だが、年齢や体力を考え、9月の選挙を区切りに引退しようかと考えている。

 「隠居仕事みてえなん、やるわけにいかねえしさ」

 議会の定数は95年当時の14から徐々に減り、現在は10。次の選挙の秋からは8になる。

 いまは欠員が1人いて、全9議員の平均は72歳。いずれも、定年退職者か、自営業で後継者がいた男性だ。石井さんのほかにも、3~4人の引退がささやかれる。

 村民から聞いたところでは、村議の中には脳梗塞(のうこうそく)を患っていたり、認知症の症状がみられたりする議員もいるという。若手が立候補する気配は、ない。8人そろうかすら、あやうい。

 武男さんからの取材で聞かれたのは、悲観的なことばばかりだった。でも、数時間後、僕の携帯に電話をくれた。

 「お年寄りから相談を多く受ける。生きがいはある。村のため努力しなくちゃなって思う。がんばってはいるんだ」

 早口でこうも言った。

 「希望が持てるような、夢が持てるような村にしたいんだけどな。明かりを消しちゃいけないって、わかってるんだけどな」

 そのための答えは、わからない。

     ◇

 武男さんの長男、悟(さとる)さん(49)。特殊土木業を営むかたわら、少年野球チーム「南牧ラッキーズ」の監督という肩書を持つ。

 いや、持っていた、という方が正確かもしれない。2018年夏、40年以上の歴史を持つチームは、活動休止に追い込まれた。

 悟さんが入部した40年前、村には三つの小学校に計550人の児童がいた。当時は4年生からしか入れず、それでもメンバーは20人いた。

 だが、3年前から、村の子だけでナインをそろえることは難しくなった。1~3年生を含めても、だ。

 隣村の児童を誘って活動してきたが、昨年夏で6年生3人が引退すると、村の部員は1人っきりに。悟さんは児童の自宅を回ったり、道の駅や商店にチラシを貼ったりしたが、集められなかった。

 村の14人で県大会予選3位になった4年前に新調した横断幕が、自宅の倉庫で眠る。賞状と写真は、小学校の玄関に飾られている。村で唯一になった、全校児童がわずか29人になった小学校に。

 引退したばかりの6年生、林幸之介くん(11)は昨年秋、「たのしみは」という題が出た習字の課題で、こう書いた。

 《野球で長打を打った時 みんな喜び チーム勝つ時》

 もう、南牧ラッキーズで同じ思いができる子はいない。チームが週に3回、練習していた村役場横のグラウンドに、子どもたちの声は響かない。林くんが守っていた三塁付近には、ひび割れた軟球と、マツの枯れ枝が転がっていた。

     ◇

 悟さんの長男、一冴(かずき)くん(16)。富岡市の高校に通う。「村がなくなってほしくない」と言った。

 「ふるさとだから」

 朝5時15分に起き、祖父の武男さんの車で隣町の最寄り駅に向かう。鉄道も国道もない村。信号機が一つだけの村。ふるさと納税の返礼品が広報誌の村。

 ただ、「毎日、ここに帰ってくると安心するんです」。四季ごとに変わる風景がある。どこよりもおいしい空気がある。温かい人びとがいる。

 「消滅とか合併とかの話が出てくるかもしれないけど、帰ってくる場所として残っててほしい」

 それでも、将来、この村に住んでいるじぶんの姿は想像できない。「村外の方が職業の幅も大きいし、プライベートでも好きなことができそうだから」

 父と祖父が横にいながら、それでもはっきりと告げた。「やりたいことは、この村にない。家を継ぐことは考えられない」

 そして、「自由になりたい」と言った。

 祖父の武男さんは、黙って聞いていた。唇をかみ、目はうるんでいる。後日あらためて、思いを聴いた。

 「この村には、数えるほどしか就職先がねえ。にぎやかにしてくれるような話があればいいけど、それもねえ。そういう時代なんだろう」

 時の流れ。時代。その言葉にまとわりつくものの正体は、あきらめなんだろうか。

     ◇

 「村は人口対策を取ってこなかった。目先のことばかりを考え、25年、50年先をみすえていなかった」

 4年半前に村長に就いた長谷川最定(さいじょう)氏は昨年12月上旬、米国から視察に来た若い議員らを前にそう話した。

 ある議員から「技術が解決策になるのでは?」と質問が飛んだ。村長は「山間地はアナログがあってこそ、という部分もある。農業でいうと、急斜面で大型機械の導入もできない」。

 自然がすばらしいが、観光産業は? 「過去に、他の自治体で失敗した例が多くある。リスクが高い」

 では、アピールポイントは? 「生きがいを持って元気で働いている高齢者が多くいる。それをぜひ、知ってもらいたい」

 その議員らが、村長と山奥で林業を営む男性の視察に行くというので、僕も同行させてもらった。

 ヘルメットをかぶった市川敬三さんは96歳。作業員に指示を出している。「最近車の免許を更新した。99歳まで運転できる」と笑った。議員らはスマートフォンを手に、次々と市川さんとの記念撮影をしていた。

 一連の視察が終わり、米ユタ州議会の上院議員、デレック・キッチン氏と短く言葉を交わした。

 この村に魅力は感じた? 「欧米人は喜ぶだろうね。景色が美しい」

 どうやって持続可能性を見いだせばいい? 「うーん、わからない、わからないや。ごめんね」

 バカな質問だった。そんなこと、数時間でわかるはずがない。

 市川さんに限らず、村では多くの高齢者が働く。

 道の駅に「幻のパン」と呼ばれるほどすぐ売り切れる人気商品がある。「とらおのパン」。中澤虎雄さん(80)が同い年の妻と、03年からつくっている。

 週5回、午前3時に起きて生地づくりから始め、窯で焼く。多いときは100個以上。「なんだかんださ、いろんなひとが続けろっていうからさ」

 息子が3人。いつか村に戻ってきてほしい気持ちは「絶えずある」。ただ、「生活できないもん、この村じゃ」。村の観光資源でもあるパンは、いつまでつくれるだろう。昨年の1、2月は椎間板(ついかんばん)がおかしくなり、1個もつくれなかった。

 孫が9人いる。結婚した孫もいる。「あすにだって、やめてもいいよ」。本気か、冗談か。5年ほど前にはじぶんの墓をつくった。戒名も得た。作業場には、東大や慶応大の入学式のときの孫たちの写真が飾られていた。

     ◇

 長谷川村長には2度、計3時間半にわたって話が聴けた。人口減と6割の高齢化率にどう立ち向かうか。「毎年7~8人ずつ若年層を増やせば、人口が1千人になる頃に、高齢化率が40%前後まで下がる」。自信が感じられた。

 村の課題に、働き口の確保を挙げる。高齢者の流出阻止と雇用拡大の両立をめざし、特別養護老人ホームやケアハウスをつくった。

 訪問介護の充実や、村営スーパー建設の構想もある。子育て世帯への支援は充実している。小中一貫のコンパクトな学校の新築計画もあり、基金をつくった。

 一定の効果は出た。移住者は15~17年で30人に及び、小学校の児童数は今年度、5年ぶりに増えた。「いまは苗を植えている段階。20~30年後にきっと花が咲く。コツコツと、やれることをやるしかない」

 だが、村による職や住居地のあっせんには、当然ながら限界がある。高齢者を村にとどめる政策も、働く世代の税収がなければ続かない。

 役場職員は約55人いるが半数ほどが村外在住。それが村暮らしの厳しさを如実に物語っている。

     ◇

 「南牧村に欲しいのは、住民と行政がひざをつき合わせ、村の将来を語り合う姿だ。村を20年以上見てきたが、そのような雰囲気は感じない。過疎化に真正面から向き合う姿勢がなければ、自治体の意味はない」

 群馬県内の山村を研究してきた高崎経済大の西野寿章(としあき)教授(地理学)は手厳しい。ゼミの3年生13人は昨年9月、村の「星尾地区」に3泊4日で調査に入った。

 人口74人、平均74歳、高齢化率78%。最年少の住人は40歳だ。山の奥地にあるこの地区は、存続が相当厳しい。住民の4割にあたる約30人に会って、聞き取りをしたという。

 調査によると、地区の将来について「仕事をつくり、地域を引き継いでもらいたい」と答えた住人は、27人中2人にとどまった。

 それに対し、「自然の成り行きに任せる」が12人。「残したいけど、難しいのではないか」「どうしようもない」。そんな声も聞かれたという。地元の祭りの伝承についてさえ、「途絶えても仕方がない」が29人中14人にのぼった。

 諦めにも似た思いの数々は、僕の10日間の取材と重なる内容だった。

 ゼミ長を務める及川大樹さん(21)は言った。

 「ひとを呼び込むしかないんだろうけど、なにを魅力にするのか。村にどうやって産業をつくればいいのか、正直わからない」

     ◇

 この星尾地区の掛川宏一郎さん(81)は、僕の取材にこう話した。「あと10年、村が持つかどうか」

 50年代、フォークダンスをやろうと提案すると、1日で若者500人が集まった。「あの頃の活気はもう戻らねえよ」

 親戚や友人に配るため、サツマイモなどを育てているが、シカやクマによる獣害が年々目立つようになってきた。子ども3人は村を離れて久しく、先祖代々、400年以上守ってきた家がこの先、どうなるかはわからない。

 村に未来はあるのか。

 そう問うと、ふっと口角を上げた。

 「どこの自治体も経験したことがねえんだ。答えがわかったら、あんた、地方創生大臣になれるさ」(撮影=小玉重隆)

     ◇

 《群馬県南牧村》 読みは「なんもくむら」。ちなみに、長野県にも南牧村があり、そちらは「みなみまきむら」と読む。

 長野県との県境、群馬県南西部に位置し、世界遺産の富岡製糸場で知られる富岡市、ネギやコンニャクが有名な下仁田町の西側にある。

 面積は118平方キロ。JR山手線の内側の2倍ほどの村だ。東京ディズニーランドとディズニーシーをあわせたディズニーリゾート118個分くらいのサイズともいえる。

 国内随一のテーマパークには1日平均で約8万2千人が訪れる。南牧村の人口は2018年11月末時点で1875人。ディズニーと同じ面積あたりでは16人ほど。過疎の村である。

 南牧村は1955年、三つの村が合併してうまれ、当時の人口は1万人を超えていた。それから30年で半減し、減少傾向がなお続いてきた。05年からの10年間でも1千人減った。

 65歳以上の割合を表す高齢化率は62%。15年の国勢調査では、全国の自治体の平均高齢化率(26・6%)の2倍以上の60・5%で、「日本一高齢化の村」になった。

 14年には、民間シンクタンク「日本創成会議」が、「子どもを産むボリューム層である20~39歳の女性の人口が40年に10人になる」との推計を発表。全国の自治体の中で、10年からの推定減少率が最も高く、「日本一消滅可能性が高い」と指摘された。いま、20~39歳の女性は村に67人。縮みのスピードは、推計を上回っている。(藤原学思)