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カイシャで生きる 第21話

 病気と闘いながら、フィジーに日本人を留学生として送り込んできた会社の経営者。命あるかぎり自由に生きる。空を羽ばたく鳥のように。

組織の歯車として一日一日を懸命に生きる。ときに理不尽な人事や処遇に苦しんだり、組織との決別、新しい人生を考えたり。様々な境遇や葛藤を経験しつつ前に進もうとする人々の物語を紡ぎます。

     ◇

 昨年12月19日、東京の大学病院で、谷口浩さん(47)は検診結果を告げられた。

 「悪性リンパ腫ではない、ほかのがんになっている可能性があります。年明けに再検査しましょう」

 末期のリンパ腫と闘い始めて3年近くがたつ。体調が良いわけではなく、黄疸(おうだん)も出ている。何かあるとは思っていた。

 でも、谷口さんは医師の言葉に落ち込まなかった。

 〈ボクには、まだ時間がある。生きられるんだ〉

 日本から南太平洋へ向けて飛行機で約9時間。常夏の島国・フィジーに2万人を超える日本人を留学生として送り込んできた。谷口さんは、そんな会社の社長である。

 本社は東京。社名は、South Pacific Free Bird(サウスパシフィックフリーバード)。「ボクは鳥のように自由に羽ばたいてきた。みなさんも、どうですか?」。そんな思いが込められている。関連会社は、フィジーにある南太平洋市場証券取引所の上場会社だ。

父に決められた人生はイヤ

 福井県小浜市に生まれた。父は建設業やホテルなどを幅広く経営していた。「後継者として父から与えられる人生で終わりたくない」と考えるようになった。

 中国・上海の大学に進学した。ところが、4年生のとき、教授と意見の相違から中退した。

 中国に返還される前の香港やタイの不動産開発会社を転々とした。所持金がなくなり、仕方なく福井の実家に電話し、飛行機代を送ってもらった。父の会社で働くことが条件だった。

 帰国すると、だれよりも早く出社し、だれよりも遅く退社。土日も出勤した。それが谷口さんのプライドだった。

 1年余りが過ぎた。父に言われた。

 「子会社の社長になれ」

 「お父さんがつくった子会社をボクにくれるということでしょ。イヤだ」

 「だったら出て行け」

 バイクで家を飛び出した。ガソ…

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