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 フィギュアスケートの羽生結弦選手の話を振ってみた。拠点であるカナダの「トロント市つながり」のつもりだけだったが、思ってもいない話の広がりに驚いた。

 連載「エイジング・ニッポン」で、「低成長の日本になぜ残るの? 海外で勝負、起業も研究も」との見出し(デジタル版)を付けた記事に登場してもらったニック・サーズさん(58)とのやりとりだ。

 福岡を拠点に生活やレジャーなどの情報を多言語で発信するサーズさんは、トロント市出身というだけではなかった。羽生選手や韓国の金姸児さんら、世界のトップスケーターが集まった「トロント・クリケット・スケーティング・アンド・カーリング・クラブ」の会員で、しかもフィギュアの経験者だった。5~18歳にかけて家族でクラブに通ったという。

 私は、2014年のソチ、18年の平昌と、冬季五輪2大会でフィギュアを担当した。トロントの「クリケット・クラブ」にも何度も足を運んでいた。

 スポーツと社会の関係について話が弾んだ。

 「カナダでは、移民は出身国の文化を捨てずに、生かすことができる」。ハンガリー系移民2世のサーズさんは語った。移民を歓迎する社会と同じように、クラブも外国人を歓迎してきたことを、私は伝えた。

 1971年にカナダが世界に先駆けて多文化主義を宣言する前に、クラブは有色人種初の会員を迎えた。

 68年の高校卒業後に同クラブで滑りを磨き、72年札幌五輪の日本代表となった樋口豊さん(69)だ。後に羽生選手の指導者となるブライアン・オーサーさんとも親しくなり、北米に人脈を築いた。荒川静香さんの指導者や、浅田真央さんの振付師も、その人脈につながっている。

 樋口さんは日本選手の指導を北…

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