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 今年の正月、鳥取は積雪なし。元旦、運動靴はいて、裏山散歩することにした。コースはいつもとは違って、途中で左に折れ、久松(きゅうしょう)山(かつて鳥取城があった、標高263メートルの里山)の山頂を目指した。山は桜も新緑もなく、紅葉も黄葉も散り、冬いちごの残骸の赤が所々に残っているくらいだった。茶褐色と灰色の2色が山を包んでいた。「ギィッー」とヒヨドリの声が木々の間を走っていった。

 腰も足も痛い。息切れはする。「ヒィッー」。あっ、やぶ椿(つばき)の赤。何とか山頂にたどり着いた。袋川、千代(せんだい)川、湖山池、日本海が曇り空の下に見える。これが鳥取の街だ。

 携帯が鳴った。帰省している娘から。頂上にいると答えると、県庁近くの広い駐車場に孫娘といる、と。頂上から見えるか?と。何だかよく見えない。手を大きく振ると、「見えた」と。「おーい」と腹の底から大声を出してみた。下の方から「おーい」と小さな声が聞こえた。300メートルは離れている。こんな大声が自分の中に隠れている、と知った。郵便も電話も、携帯もスマホもない太古の時代、声は大切な伝達媒介だった。人々は、今より大きな声を発した。声に生存がかかった。

 空飛ぶトンビの声、地にいるオオカミの声、何メートル先まで届くのだろう。フクロウの声は数キロ。雷さんのゴロゴロは10キロらしい。ヒトの声は? 素人とオペラ歌手は違う、晴れか雨かで違う。季節でも違う。一体、人間の声って何メートル先まで届くのだろう。

 日が暮れて、診療所に顔を出した。「オーイ」、「アーアー」。千里を駆け抜けんばかりのご老人の大声が廊下に響いていた。太古に戻っておられるようだ。

 さて今年、どんな人のどんな声が、どれくらい先の人々の心に届いていくのだろう。

<アピタル:野の花あったか話>http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。