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レスリング普及に貢献 引退惜しむ声

 レスリング女子で五輪3連覇を成し遂げ、国民栄誉賞も受賞した津市一志町出身の吉田沙保里選手が8日、引退を表明した。父栄勝さん(故人)との親子鷹で世界の頂点に上り詰め、トップ選手になってからも地元でレスリング普及に努めてきた。関係者からは引退を惜しむとともに、功績をたたえる声が聞かれた。

 吉田選手は三重県一志町(現津市)の自宅道場で、小さい頃から栄勝さんの指導を受けた。栄勝さんは青森県八戸市出身でレスリングの全日本王者。三重県職員を務めながら、月謝を取らず、私財を投入して一志ジュニアレスリング教室を運営した。母幸代さんによると、遠征のために車を何台も買い替え、家族の食費を切り詰めることもあった。

 吉田選手は女子レスリングが初めて正式種目となった2004年アテネ五輪で金メダルを獲得した後、五輪3連覇を成し遂げた。12年のロンドン五輪は栄勝さんがセコンドで支えた。

 だが、栄勝さんは14年に61歳で急死。それでも吉田選手は直後のW杯で日本を優勝に導いた。教室で小さい頃から吉田選手を教えた奥野竜司さん(54)は「W杯の時は本当につらそうに見えた」と振り返る。

 16年のリオデジャネイロ五輪は銀メダルだったが、4大会連続メダルの偉業を果たした。その後、進退を保留していたが、昨年11月、県内外の有望選手らに贈る「吉田沙保里大賞」の表彰式では、20年東京五輪について「出られるものなら出たいが、五輪は38歳になる年。出られなかったとしても、日本を明るく元気にすることに貢献したい」と話していた。

 故郷への思いは持ち続けた。13年から津市で「吉田沙保里杯」という少年少女向けのレスリング大会を毎年開き、海外からも選手を集めた。17年10月、津市にオープンした大型スポーツ施設「サオリーナ」は、吉田選手自身が命名。東京五輪に臨むカナダ代表の事前キャンプ地になった。

 吉田選手を知る関係者からは、引退を惜しむ声が聞こえた。母校の津市立一志中学校の山本潔校長(59)は「東京五輪に向けて頑張ると思っていたので、びっくりした」。

 山本校長は吉田選手が中学3年の時に同校で技術家庭を教えた。「明るくて快活。気軽に話しかけてくれる生徒だった」。17年に校長として一志中に戻った。「吉田選手の母校であることは学校の誇りだった。(吉田選手が)生徒に話をする機会ができれば、きっと夢と希望を与えてくれるのではないか」と話した。

 吉田選手の実家近くに住む冨田三恵子さん(68)は長男が3歳の時に教室へ入り、3歳上の吉田選手を姉のように慕っていた。「明るくて頼られる人だった」と話す。冨田さんは昨年、大病を患ったが、今年の年始に吉田選手と会った時、「冨ちゃん、元気?」と声をかけてくれたという。「有名になって遠い存在になってしまったのかなと思う時もあったけど、気さくな接し方は昔と全然変わらない。長い間、本当にお疲れ様でした」と話した。(高木文子、村井隼人、広部憲太郎

頑張った これからも活動を

 津駅前では、市民から驚きと吉田選手の今後の活躍を期待する声が聞かれた。

 公務員の小林卓哉さん(28)は「33年もレスリングを続けてきたことに驚き。お疲れ様です、という気持ち」と話した。リオ五輪もテレビ越しに応援していたといい、「連覇していたからこそ、敗れた試合が最も印象的。引退するまで負けないものだと思い込んでいた」と振り返った。

 看護師の下井美代子さん(36)は吉田選手と同い年。「いつもキラキラとしていて、同年代の女性として励みになった。これからも活躍してくれるはず」と力を込めた。

 別所克人さん(71)は「少しもったいないという思いもあるが、引退はいつか来るもの。よく頑張ったと思う。これからは後輩の指導にあたってほしい」。

 勢力さち子さん(77)は「もうそろそろかなと思っていたが、びっくりした」。吉田選手が出演するテレビCMがお気に入りだといい、「明るくて、テレビで見かけても元気になる。人気者なので、これからも活躍してくれると思う」と期待を寄せた。

 鈴木英敬知事は「いつかこの日が来ると分かっていたが、突然のことで驚いています。東京五輪で(リオ五輪の)リベンジを果たしていただきたかった」と惜しむ一方、「ものすごい数の勝利で勇気と感動を与えてくれた。33年間お疲れさまでした」とねぎらった。 津市の前葉泰幸市長は「33年という長い間、世界のトップを走り続け、日本女子レスリング界を牽引(けんいん)されてきた功績に心から敬意を表します。沙保里さんに名付けていただいた『サオリーナ』は未来永劫レスリングの聖地としてこれからも輝き続けます」とのコメントを発表した。(三浦惇平、中川史)