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 《梅原猛さんと共著がある人類学者・中沢新一さんの話》

 梅原さんはいわば「日本のデカルト」。通説に対する深い疑いを自らの思索の足がかりにしたフランスの哲学者、デカルトを心から尊敬していた。戦前から戦後にかけ、多方面に人材を輩出した京都学派の中でも実にユニークな存在だった。

 梅原さんの肩書は「哲学者」だが、哲学そのものにとどまらず、縄文論などの日本文化論に強い関心を寄せていた。物事の本質は表面的な事実のレベルを超えて、より深いところに隠されてあるというのが梅原さんの見方だ。法隆寺が聖徳太子一族の怨霊を鎮めるための寺であるとか、柿本人麻呂は刑死したなどといった独自の歴史解釈は、歴史学者や考古学者とは違う「哲学者の目」で、目に見えない隠れたものを見抜こうとする姿勢から生まれた。

 また、縄文を日本文化の基層としてとらえ直し、日本人の本質に迫ろうとしていた。梅原さんは、日本人とその文化の特性を、人類全体の思考の歴史という高い普遍の視点からとらえ、深層まで見通そうとする姿勢で探り続けていた。

 子供のような好奇心をもって学問を楽しみ、論証の苦しい作業でさえ楽しい遊びに変えていた。梅原さんほど幸福で創造的な人生を歩んだ学者はいないのではないか。