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 乗員乗客計41人が死傷したスキーツアーバス事故から、15日で3年を迎えた長野県軽井沢町の事故現場。前日に続き、この日も地元の人や遺族らが相次いで訪れ、「祈りの碑」に手を合わせた。「ご遺族の無念に言葉もない」「事故を風化させない」。人々は口々に語り、再発防止を誓った。

 発生時刻の午前1時50分すぎ、国道18号沿いの現場は静かだった。昨年はこの時間に合わせ、友人ら関係者が訪れる様子が見られたが、今年はなかった。

 午前5時前。事故を起こしたバスを運行していた「イーエスピー」(東京都羽村市)の高橋美作社長(57)らが姿を見せ、碑に献花した。

 午前9時前には軽井沢町の藤巻進町長が正副議長や町職員らとともに献花。藤巻町長は「ご遺族にすれば、この3年は時間が止まったような状態だと思う。その無念を思うと言葉もない。このような悲惨な事故が二度と起きぬよう、亡くなったみなさんの冥福をお祈りした」と語った。

 午前11時半ごろには県警軽井沢署の杉本勇一署長が、軽井沢交通安全協会の会員らとともに訪れた。杉本署長は「大きな事故が二度と起こらないよう、広報や啓発活動を積極的にやっていきたい」。同協会は事故後、現場になった国道18号を通るドライバーに安全運転を訴えるビラを定期的に配っているという。同協会の依田寿男会長(76)は「残念に思うのは、これから社会を担う若い人たちが亡くなったこと。風化させないよう活動していきたい」と話した。

 午後に入ると、工藤彰三・国土交通政務官も来訪。工藤氏は「事故が社会に与えた衝撃の大きさ、国やバス事業者など関係者に突きつけられた課題の重さに改めて思いを致した」と語り、再発防止に努める考えを示した。

 現場には、次男の寛さん(当時19)を亡くした遺族会「1・15サクラソウの会」の田原義則代表(53)=大阪府吹田市=も訪れており、田原さんが「二度とこのようなことのないよう、遺族会として今後も活動したい」と伝えると、工藤氏は「国交省としても、できる限りの支援、対処をしたい」と応じたという。

 夕方には、町内の小中高6校の児童生徒約1900人が織った追悼の千羽鶴を、各校の代表15人が碑の前に供えた。子どもたちは事故後、千羽鶴を毎年供えており、今回の分は先月から折ったという。軽井沢中の生徒会長で2年の宮桜介(みやおうすけ)さんは「大学生たちは、もっとたくさん勉強したかったと思う。その人たちの分まで勉強して、より良い未来をつくりますと誓いました」と話した。(大野択生、田中奏子、土屋弘)