谷川俊太郎さんが詩を寄稿 きょう朝日新聞140周年

[PR]

 朝日新聞は25日、創刊140周年を迎えました。この機会に、谷川俊太郎さんに詩「新聞はコトバだ」を書いていただきました。

新聞はコトバだ 谷川俊太郎

 新聞はコトバだ

 まるごとコトバでできている

 コトバは万人のもの

 そしてあなた一人のもの

 新聞はコトバだ

 コトバは情報となり

 意見となり偏見となり

 まれに思想となり

 詩となることもないではない

 新聞はコトバだ

 活字がフォントが

 写真が画(え)がコミックスが

 無数の数字が意味を求めて

 今日から明日へとせめぎ合う

 新聞はコトバだ

 ぺらぺらの新聞紙ではない

 可燃でも不燃でもない

 変幻自在のコトバだから

 気づかずに人を欺く

 新聞はコトバだ

 現実事実のホントとウソが

 コトバでまじって

 よれてねじれて絡み合い

 玉虫色の迷子になる

 新聞はコトバだ

 だが誰のコトバか?

 もとは一人のコトバなのに

 いつの間にかみんなのコトバ

 無名のコトバ

 新聞はコトバだ

 敵のコトバも

 味方のコトバも

 市場で仲良く売買されて

 只(ただ)のコトバがタダでなくなる

 新聞はコトバだ

 愛を囁(ささや)けないコトバ

 瓦版の昔から

 泣かず笑わず声も立てずに

 真実に渇くコトバ

 新聞はコトバだ

 世界をコトバで摑(つか)もうとする

 時には疑いながら

 時にはコトバに命をかけて

 新聞は今日も沈黙しない

谷川俊太郎さん、新聞を語る

 新聞はほぼ全部、コトバ、それも日本語でできている。それに気がついたから書けたのが今回の詩。片仮名の「コトバ」にしたのは漢字の「言葉」より広い意味を込めたかったから。漫画や写真も新聞には載っているけど、広義にはコトバかな、と。

 少しは新聞の悪口を言いたかったけど、朝日新聞に頼まれて書くわけだから、そんなに悪口は書けないでしょ。それで「気づかずに人を欺く」と書きました。実際、記者はまじめに正直に書いたんだけど、記事が虚偽になってしまうことはあると思う。

 元々「コトバ」は玉虫色の存在だから、「現実」や「事実」もコトバにした途端によく分からなくなってしまう面がある。世にフェイクニュースが流れ、人が信じてしまうのもコトバの力ゆえといえる。

 かつて「朝日とともに」という詩を書いたけど、いつのことか覚えていない。ただ当時は新聞に力があった。こう言ってしまうと悪いけど、最近は朝、新聞を読むのが楽しみではなくなった。新しい事件や新しい話題が載っていても、既視感があり、驚かなくなっちゃった。

 でも、これは朝日新聞が悪いというのとは違う。読む方の感性が鈍ったんだと思う。たとえば、テロで人が殺されたというニュースは過去のテロ事件と比べて、構造に新しさがない。その構造に迫るのは小説ならできるけど新聞では難しいでしょ。

 個人的に今、新聞で読みたいのは中国の話。中国ではぼくの詩集の翻訳が次々と刊行されていて、部数も多い。日本だったら一人の海外詩人の詩集が次々と翻訳されることはまずない。それから中国製のおもちゃのUFO型ドローンを最近、アマゾンで買ったけど、すごく優秀。壁や物を感知し、衝突しそうになると方向を変える。でも数千円。中国はすごいなと。一切の偏見なしに中国の今を伝える記事を読みたい。

 朝日新聞は哲学者だった父・徹三の頃からずっと購読しています。部数が減ったというけれど、それで「権威でござい!」という雰囲気がなくなるなら、良いこと。ぼくは元々、権威を意識しない人間だから、朝日新聞がすごいとか、岩波書店から本を出している「岩波文化人」がすごいとか思わないし、自分がそういうところに組み込まれることも避けてきましたね。

 新聞のコトバも変わってきた。たとえば「LGBT」というコトバが登場して「男と女」だけでなく「男と男」「女と女」など色んな形の愛を表現できるようになった。「LGBT」というコトバによって「愛」というコトバが少し広がったんですね。これはよいことだと思います。

 新聞は沈黙をせずに、発行を続けることが大事。戦時中は朝日新聞を含む新聞が軍部の発表を相対化したり検証したりできなかったけれど、抵抗すれば、つぶされていたでしょう。そこにコトバの限界はあるわけです。でも、沈黙するよりは書く方がよい。ぼくはそう思います。(談)

谷川さんが以前寄せた詩

朝日とともに

谷川俊太郎

新聞はもうひとつの耳

海と砂漠とにへだてられた

遠い国にあがる叫びを

まるで私たち自身の苦しみのように

それは聞きとる

新聞はもうひとつの眼(め)

欲望のせめぎあう巷(ちまた)にかくされた

かずかずの人間の劇を

ときに笑いときに怒りときに涙し

それはみつめる

新聞はもうひとつの口

正義に名をかりた大声のかげの

しいたげられた者の沈黙を

無名のいのちの証言として

それは語る

新聞はもうひとつの宇宙

切り開かれたなまなましい歴史の傷口

朝な夕なの人人の歌と足音

食卓の上の未来の古文書

地球をまるごととらえようとする網

そして新聞はもうひとりのあなた

朝日とともにもたらされる未知の手紙

夕焼とともに打たれる一日への句読点

そこにあなたは読みとるのだ

明日を

(この詩は、谷川さんによる直筆原稿が朝日新聞東京本社編集局に保管されていますが、それ以外に記録がなく、ご本人も覚えておられないため、書かれた時期は不明となっています)

     ◇

 たにかわ・しゅんたろう 1931年生まれ、詩人。52年の『二十億光年の孤独』以来、詩集多数。最近では詩集『空の青さをみつめていると』『朝のかたち』(いずれも角川文庫)が復刊された。絵本や作詞も手がける。