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 目の不自由な宮崎市の男子高校生が今月、初めて駅伝に挑む。伴走するのは、かつて全国高校駅伝大会で区間賞を取ったランナー。日々、練習に励んでいる。

 「段差あるよ」「人来てるから少し右に」。宮崎市島之内の宮崎県立明星視覚支援学校。1周900メートルの校舎外周を高等部2年の那須功政(こうせい)さん(17)が、伴走者の声を頼りに走っていた。

 那須さんは同校に編入した中学3年の頃から短距離や中距離に挑戦。宮崎市で開かれる青島太平洋マラソンでは、2年連続で10キロコースを完走した。昨年10月に福井県であった全国障害者スポーツ大会では、800メートルで2位になった。

 次の舞台は、10日に宮崎県小林市で開かれる県高校新人駅伝。障害者合同チームとして参加し、4区の5キロを走る。那須さん以外のメンバーは知的障害と聴覚障害の生徒で、同校からの出場は初めて。日本ブラインドマラソン協会(東京都)によると、伴走者とともに視覚障害者が一般の部に交じって駅伝を走るのは珍しいという。

 那須さんは生まれつき視力が弱く、左目は全く見えない。右目の視力は近視用の眼鏡をかければ0・05ほどになり、路上の白線はぼんやりと見える。段差や障害物には気づきにくく、「道を探るように走ってしまう。思い切りよく足を動かせるかが課題」という。

 視覚障害者が駅伝に参加するには、安全のためガイド役が必要になる。「目」となってコース状況を声で伝え、那須さんのペースに合わせて走る――。そんな伴走者を探していた。

 応じたのが、県立佐土原高校(宮崎市)で講師として保健体育を教える河野誉(ほまれ)さん(23)。「駅伝を走りたいと思う人がいることが素直にうれしい」。勤務が終わると車で駆けつけ、午後5時から日没まで伴走者兼コーチを務める。

 河野さんは駅伝の強豪校、県立小林高校の選手として全国高校駅伝大会で区間賞を取った。なじみ深い小林市のコースの特性も助言する。大会当日は「絆ロープ」を2人で持って走る。河野さんは「自分ではなくチームのために走ることを覚えてほしい。たすきをつなぐ難しさと喜びを知ってほしい」と話す。

 障害者合同チームは黄緑色のたすきを肩にかける。駅伝ではトップと一定の差が付くと、たすきをつなぐ前でも次走者が走り出す「繰り上げスタート」が適用される。そうならずに、「とてもきれいな色」という黄緑色のたすきをつなぎきることを目指す。(大山稜)