聞き手・池田伸壹、大野正美、喜田尚
拡大する首脳会談の冒頭、ロシアのプーチン大統領(右)と握手を交わす安倍晋三首相=2019年1月22日、モスクワのクレムリン、岩下毅撮影
安倍晋三首相とロシアのプーチン大統領が会談したが、領土問題での具体的な進展は示せなかった。ロシアの強硬姿勢で、不透明感が強まる交渉。プーチン氏の「技あり」なのか。
拡大する元ウズベキスタン大使の河東哲夫さん=2019年1月23日、池田伸壹撮影
外交官としての現役時代から、北方領土問題に直接間接に携わってきました。2014年のクリミア併合で、ロシアを取り巻く情勢が決定的に悪化。領土問題を今動かすことは、日本が繰り返してきた「独り相撲をやっては転ぶ」ことになりかねない、と心配しています。
今回の交渉では、歴史を忘れた議論があまりにまかり通っています。ロシアは「戦後の現実を変えるな」と言いますが、戦後の国境を定めるべき平和条約は、両国の間ではまだ結ばれていません。
「首脳外交」で解決への道筋はつけられるのか。両国の専門家3人に聞いた。
1855年に日露が初めて外交関係を結んだ日露和親条約で、国境が得撫(うるっぷ)島と択捉(えとろふ)島の間に引かれ、北方四島は1945年にソ連に占領されるまで、一貫して日本領でした。だから日本は、4島の返還を求めてきたのです。
もう一つ言いますと、92年、両国外務省は、「日ロ間領土問題の歴史に関する共同作成資料集」を日ロ双方の言語で作りました。この冒頭には、皇帝ニコライ1世がプチャーチン交渉団長にあてた、国境を得撫島と択捉島の間に引くことで差し支えないという趣旨の訓令が掲載されています。この訓令は、ロシア側がこの資料集のためにわざわざ見つけてきたと聞きます。そうした経緯をロシア側は忘れているのでしょうか?
日本政府は国後(くなしり)、…
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