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 過激派組織「イスラム国」(IS)の性奴隷とされた体験を実名で告発し、昨年のノーベル平和賞を受賞したイラクのヤジディ教徒ナディア・ムラドさん(25)。昨年10月に受賞が決まった後も、記者会見など、公の場では硬い表情を崩さなかったが、すばらしい笑顔を見せてくれた瞬間があった。

 昨年12月、ノルウェーのオスロであった授賞式当日の夜。大勢の市民が、ムラドさんと、ともに受賞したコンゴ民主共和国の婦人科医、デニ・ムクウェゲさん(63)の活動をたたえて市内を行進した。参加者たちは、ムラドさんとムクウェゲさんが晩餐(ばんさん)会の会場になったホテルのバルコニーから顔を出したのを見つけ、「ナディア!」などと歓声を上げた。

 その瞬間、ムラドさんが人々に満面の笑みで応じたのだ。受賞決定後に公の場でこれだけの笑みを見せたのは、おそらくこのときが初めてだったと思う。両手を振り、ムクウェゲさんとともに、数回投げキスもしてみせた。

 集まった人には、北欧に移住したヤジディ教徒もいた。「一目ナディアを見たい」とやってきたガザール・ラショさん(51)は17年前、フセイン政権下のイラクを逃れた。親族は今も、キャンプから出られないでいる。ラショさんは、「ナディアは今までずっと緊張していたけど、今日はようやく笑顔を見ることができた。自分が何を成し遂げたのか、これだけ多くの人に祝ってもらい、ようやく実感できたのでしょう」と推し量った。

国際会議で微笑も

 授賞式の6日後、私は、中東カタールの首都ドーハで、ムラドさんと話す機会を得た。ムラドさんは国際会議が開かれている海沿いの高級ホテルで、会議の出席者たちに囲まれていた。「ナディア、写真を撮ろう」「こっちを向いて」。写真撮影に応じて笑顔を見せるが、表情は硬く、疲れているようにも見えた。

 私はインタビューを申し込もうと話しかけ、イラクでヤジディ教徒を取材したことを告げた。すると、彼女は驚いたような表情でこう問い返してきた。「どちらに行ったのですか?」。イラク北部の避難民キャンプやヤジディ教徒の聖地を訪れたことを伝えると、ムラドさんは柔らかくほほえんだ。日本の記者が、ヤジディ教徒の現状を取材するために、イラクを訪れたことを意外に感じるとともに、うれしく思ってくれたのだろう。

変わらぬヤジディの現実

 ムラドさんが厳しい表情を続けるのには、ISが弱体化した今も多くのヤジディ教徒が避難民キャンプでの生活を強いられ、故郷に戻れていないという現実がある。イラクでは約36万人が避難生活を送り、約10万人が欧州やカナダなどに逃れたとされる。また、ムラドさんのようにISに連れ去られた女性や子どもら3千人以上が今も行方不明になっている。地元メディアは今月、ヤジディ教徒が多く住んでいたイラク北部のシンジャル周辺の住民は、治安が安定していないことなどを理由に少なくとも75%が故郷に戻れていないと伝えた。

 私はムラドさんの平和賞受賞が決まった後、ヤジディ教徒が住むイラク北部シェイハンやドホークなどを訪ね、ヤジディ教徒たちに現在の生活などを尋ねてきた。昨年11月にイラク北部の避難民キャンプを訪ねた際には、道ばたに一人で座っていた20代の女性にこう話しかけられた。「どこの国の支援団体の人ですか? オーストラリアが暮らしやすいと聞くけど、移住の手助けをしてくれますか?」

 女性の夫はISに連れ去られて行方不明のままで、家族とともにキャンプに身を寄せているという。記者だと伝えると残念そうな表情を見せた。一日も早くキャンプから出て、外国で暮らすのが夢だという。

 キャンプのプレハブ住宅で暮らすムラドさんの兄フズニさん(37)にインタビューをしたときも、取材の最後に「実は、私もできれば外国に移住したいと思っている」と語ったのが印象的だった。「でも、妹にそんなことを話して気を使わせたくないから」と複雑な思いも吐露した。

 約1万5千人のヤジディ教徒が…

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