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 鳥取近郊の漁港、この冬は松葉ガニが豊漁。解禁当初はそのおかげで値も例年より下がり、うれしいことと思ったら、漁師さんたち考えた? 値上げをねらっての捕獲制限? ひがんでそう思ったが、年間捕獲量にほぼ達しての資源保護だそうだ。日本海側で暮らす住民としては何か腑(ふ)に落ちない。安く食べたいのに。贈答用やふるさと納税の返礼品に持っていかれる。カニの季節なのにカニが遠い。

 94歳の入院患者さんである。病気が全身の骨にも転移していて寝たきり。ギャッジベッドに座って、「冬の山陰は、やっぱりカニだね」と笑う。昔、旅館の仲居さんだった。10年前に他界したご主人はお巡りさん。「あちこちの旅館で働きました。有名な旅館でも、有名でないところでも」。働きながら子や孫を大学にやった。「冬は皆がカニでした。あの味懐かしいね。山陰の冬だね」。そこまで聞くと受け持ち看護師さん、放っておかない。どこかのお店に走って親ガニ仕入れて、厨房(ちゅうぼう)さんにゆでてもらった。「え? これ、ごちそうになっていいの?」。顔がゆるんだ。「いつ死んでもいい思っとるのに、カニはやっぱりおいしい。生きててよかったあ」

 食べ物って、大切な薬。「あんね先生」と彼女。「有名旅館より、目立たん旅館のカニの方がおいしいよ」。安い民宿の松葉の焼きガニ、絶品なんだと。「長年いろんなとこ渡り歩ってたから。私、知ってるの」とまるで「家政婦は見た」みたいな口調。

 そう言えば60年前の田舎では、ゆでたての親ガニ、1匹10円で山盛り売ってた。おやつ代わりに大人に交じって子らも食べた。あれは夢幻か。せめて冬が終わるまでに松葉の指、2本くらいは食べておきたい。地元枠の格安はないか?

<アピタル:野の花あったか話>

http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。