[PR]

 人類が月面に足跡を残してから今年で50年。米宇宙船「アポロ11号」の船長として、人類で初めて月面を歩いた宇宙飛行士ニール・アームストロングの半生を描く映画「ファースト・マン」が8日公開される。メディアへの露出を避け、心の内を明かさなかったニール。次男で実業家のマークさん(55)が来日し、取材に応じた。

 ――映画で印象に残ったシーンは?

 打ち上げ直前、父が自宅のダイニングルームで家族に「月に行く」と話すシーンは、初めて明かしたエピソードだ。私は6歳で兄は12歳。ダイニングは神聖でフォーマルな場所なので、何か悪さをして怒られるのかと心配だった。危険性や不安は全く感じなかった。両親が気を配ってくれたのだろう。ミッションの大変さを知ったのは、ずいぶん後だった。

 ――帰還後、取材にも応じず、「沈黙の宇宙飛行士」と言われた。

 父は「アポロ計画は携わった40万人のチームワークがあったからこそ成功した」と強調し、私たちに自慢することもなかった。自分だけがスポットライトを当てられて、ヒーロー扱いされるのを嫌った。家庭でも「尊大になってはいけない、常に謙虚でいなさい」と教えられた。

 ――帰還の2年後、NASAを退官する。

 想像できないと思うが、1日平均1万通の手紙が来ていた。サインや取材の依頼だ。返事が滞ると「返事が来なくて傷ついた」という手紙が来る。注目される生活が嫌になり、普通の暮らしに戻りたかったのだろう。

 ――家庭での様子は?

 映画ではシリアスな姿が描かれているが、普段は冗談を言ったりふざけたりする普通の父親だった。子育てにも積極的に取り組んでいて、とても感謝している。「何をするにも全力で努力を惜しむな。そして謙虚でいなさい」が口癖だった。

 ――2012年に82歳で亡くなった。映画を見たらどうだったでしょう。

 細部にこだわる人だから、描写の正確さを気にするだろう。飛行機と航空術を知り尽くしていたから、映画に飛行機が出てくると「動きがおかしい。タイヤが違う」と気になって仕方なかった。今回の映画でも数カ所は間違いを指摘したかもしれないな(笑い)。

 ――飛行機好きだったんですね。

 父から譲り受けた中に、飛行機のスクラップ帳がある。新聞や雑誌から写真を切り抜いて貼りつけ、特徴を細かく書き込んだもので数十冊。10歳から始め、亡くなる直前まで続けていたようだ。だから、機体の素材や時速、航続距離、銃器の種類を全てそらんじることができた。空をいつも見上げていたよ。

 ――映画の見どころは。

 技術が進歩した今でさえ月に降り立つことは難しいが、50年前に原始的な技術で父たちは成し遂げた。偉業には多くの努力と犠牲が伴う。若い人はインスピレーションとやる気を感じ取ってほしい。(石倉徹也)

     ◇

 〈ニール・アームストロング〉 1930年、米国オハイオ州生まれ。海軍飛行士として朝鮮戦争に参加。空軍のテストパイロットを経て、NASAの宇宙飛行士に選ばれる。66年、「ジェミニ8号」でデイビッド・スコットと共に初飛行し、人工衛星と軌道上で初めてのドッキングに成功する。だが、直後に機体が回転を始めるトラブルが発生。アームストロングの機転で帰還を果たした。

 こうした冷静さが評価され、「アポロ計画」の「アポロ11号」で船長に選ばれた。69年7月20日、バズ・オルドリンと共に月着陸船イーグルに乗り込み月面に着陸し、人類で初めて月面に降りた。その姿は世界中に放映され、「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍だ」と語った。当時38歳だった。

 71年のNASA退官後、故郷オハイオ州に戻り、大学教授や実業家として暮らし、公の場に姿を見せることはほとんどなかった。

 リックとマークの2人の息子がいる。94年に離婚し、その後再婚している。2012年、82歳で死去。月面には今も彼の足跡が残されている。