米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設計画をめぐる県民投票(2月24日)まで1カ月を切った。19年前、徳島県の吉野川可動堰(ぜき)建設の是非を問う住民投票を実現させた市民らが「沖縄県民投票を勝手に応援する会」(OKOK)を結成した。当時の中心メンバーで、OKOKを立ち上げた住友達也さん(61)に思いを聞いた。

住友達也(すみとも・たつや)。徳島県土成町(現・阿波市)生まれ。1981年タウン誌「あわわ」を創刊。吉野川可動堰問題には「第十堰住民投票の会」の代表世話人の一人として関わった。

沖縄は孤立していないんだよ

 ――2000年1月23日に実施された吉野川可動堰建設の是非を問う徳島市の住民投票運動の代表世話人だった。この運動は住民投票の「成功例」と言われた。そんな住友さんが今回、OKOKを結成しました。

 「昨年末、徳島で沖縄の地元紙記者から取材を受けたことがきっかけの一つ。沖縄県民投票は日本全体の問題だ。沖縄は孤立していないんだよ、という思いが伝わればいいと考えました」

 「吉野川の時のように、現地でプラカードを持って投票を呼びかけます。当時のデザインを手がけたメンバーでポスターやプラカード計2千枚を作って寄贈し、現地の市民グループと意見交換もします」

利権、半端ない組織力

 ――そもそも吉野川の住民投票運動に関わったきっかけは。

 「徳島のタウン誌『あわわ』をやっていた当時、定期的に経営者を集めた勉強会をやっていて、その時にたまたま講師として来たのが姫野雅義さん(故人)でした。可動堰の話は新聞報道では知っていたけど、江戸時代からの歴史があって、機能もしている第十堰をわざわざ壊して、7階建てのビルのような可動堰を作る。長良川河口堰、諫早湾干拓事業、細川内ダム(徳島県)など大型公共事業が問題になって、住民と国との戦いみたいなのが各地であった」

 「当時、私は30歳前後。社会的な問題意識も今と比べると軽いもんだったけど、姫野さんの言っていることって論理的で真面目でおもしろいと直感的に思った。世間擦れしてない自分だったけど、自ら進んで名刺交換して、あいさつしたのを覚えています」

 「しばらくして、友人のグラフィックデザイナー板東孝明さんと徳島の繁華街で飲んでいた時に姫野さんから電話があって、『近くの居酒屋に来ない』と呼ばれて。行ったら、『住民投票をやろうと思っている。一緒にやらないか』と。その後、代表の一人になっていくわけなんです。

 ――姫野さんと共に住民投票活動に没入していきました。当時、どんなことを考えていましたか。

 「権力側が経済の理屈だけで、…

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