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 2018年度朝日賞と第45回大佛(おさらぎ)次郎賞、第18回大佛次郎論壇賞、18年度朝日スポーツ賞の贈呈式が30日、東京都千代田区の帝国ホテルで開かれた。東日本大震災の被災地に根ざした実感をつづった「新復興論」で大佛論壇賞を受けた小松理虔さんは、会場を訪れた人々に「ぜひ福島を訪れて」と呼びかけた。

 いわき市から参りました小松です。この度は、大佛次郎論壇賞という、身に余る賞をいただきありがとうございました。本を出すこと自体、何かの間違いだという気がしておりましたが、初めての単著でこのような賞をいただき、大変光栄であると同時に、身の引き締まる思いでおります。改めて、この本に関わってくださった皆さん、この本を選んでくれた皆さんに御礼申し上げます。

 もともと私は、このようなところに立つような人間ではありません。地域活動家などと名乗っておりますが、実際には、(いわき市小名浜の)港に入り浸って写真を撮ったり、商品を配達したり、イベントを企画して商品を販売したりと、常に現場にいる人間です。

 本書の出版元であるゲンロンの東浩紀さんは、著書の中で「誤配」という言葉を使っております。間違って届いてしまうという意味では、私の本は、まさにその「誤配」の連続で出来上がったものだと感じています。

 その「誤配」というのは、本来想定していなかった人たちに間違って届いてしまうことで、凝り固まってしまったものが解きほぐされていく可能性が生まれる、ということだと私は解釈しています。東さんは「誤配」が生まれるには、ある種の「不真面目さ」が必要だと言っていますが、では現在の被災地に、誤配がもたらされるような不真面目さがあっただろうかと考えてみますと、やはり「真面目さ」のほうが求められた8年だった気がします。

 中にいる人たちがそうなのですから、外から関わる人は、よほど腫れ物に触るような感覚か、でなければあっという間に関心を失ってしまったと思います。そうして次第に、福島を語ることは「数字の取れないもの」になり、安直な感動話や、健康被害を盛るような言説ばかりを生み出してしまったのだと思います。だからこそ、内側にいる私たちは、余計に不真面目でなければいけないと感じるようになりました。

 とはいえ、不真面目さだけで本が書けるはずもなく、今日ここに臨席賜った専門家の先生や、友人たちの言葉や理念があったおかげで、私は言葉にできたのだと思います。

 冷静に問題を切り分け、社会の合意形成を図ろうとしてきた社会学者の五十嵐泰正先生、「死者の声」の存在を気づかせてくれたノンフィクションライターの石戸諭さん、美術の底知れぬ魅力と批評性を教えてくださった黒瀬陽平さん、人間の内面を見つめながら、難しい問題にあえて飛び込んでみる勇気をくれた編集者の三根かよこさん、地元の歴史や文化を不真面目に楽しむ視点を教えてくれた江尻浩二郎さん、相棒として10年近く苦楽をともにしてきた丹くん。そして思想と現場を結ぶ言葉を与えてくれた東浩紀さん、ゲンロンの編集部の皆さん。皆さんの存在がなければ、この本は生まれていません。改めて、本当にありがとうございました。

 どうか皆さん、本書をお読みいただくだけでなく、ぜひお時間があれば、福島へ、いわきへお越しください。冬も雪のないところですし、常磐線の特急で2時間です。今は「あんこう」がおいしい時期です。湯本の温泉につかって、あんこう鍋と熱燗(かん)をいただく。そうやって「被災地」なんて肩書は外して、心の底から楽しんで頂く、そういうところから新しい言葉が生まれるはずです。皆さんのお越しを、いわきでお待ちしています。今日はありがとうございました。

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 こまつ・りけん 受賞作『新復興論』。福島県いわき市小名浜で地域づくりに取り組む。