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 新潟水俣病の被害者の診療をしてきた「沼垂診療所」(新潟市中央区)が31日、67年の歴史に幕を閉じた。所長で唯一の常勤医師、関川智子さん(76)が病気治療のため休養に入るのが主な理由。診療所を運営する社会医療法人・新潟勤労者医療協会によると、2月から同法人の舟江診療所(同区)が診療を引き継ぐ。

 沼垂診療所は1952年に開所された。65年の新潟水俣病公式確認後は、水俣病の症状を訴える患者が阿賀町や阿賀野市からも訪れた。現在は毎月50人ほどが水俣病関連の診察を受けているという。2007年に結成された新潟水俣病阿賀野患者会の事務局が隣接し、水俣病を巡る訴訟の拠点にもなっていた。

 水俣病の根本的な治療法は今も確立されていない。しびれや痛みを和らげるため、漢方薬や針などの対症療法を続ける必要がある。一方、症状を自覚しながら差別や偏見を恐れて診察に行かず、家族にも秘密にしてきた人も多い。こうした水俣病の歴史の中、診療所は、患者の「掘り起こし」にも力を入れてきた。

 かつて診療所事務員として働き、阿賀野患者会事務局長を務める酢山省三さん(71)には忘れられない患者の言葉がある。5年ほど前、60代の女性が患者認定の申請に必要な診断書をもらうためにやって来た。すぐに判断できないケースが多いが、女性は一度の診察で水俣病と診断された。

 「診断書が出ますよ。よかったですね」と声をかけると、なぜか女性の表情は優れない。後日、女性が申請していないと知り、理由を尋ねると「本当は『水俣病じゃない』と否定してもらいたかったんです」。女性は水俣病への差別を恐れ、申請するのをためらっていたというのだ。

 「水俣病の症状を抱えながら、今も声を上げられずにいる人は多い」と酢山さん。長年親しんでいた診療所閉所の知らせを聞いた患者からは「なんとか続けてくれないか」「長年お世話になった診療所がなくなるのは寂しい」といった声が上がったという。

 新潟勤労者医療協会の担当者は「沼垂診療所の患者は、これからは近くの舟江診療所に通ってもらうことになる。引き続き水俣病患者を支えていきたい」と話している。関川さんも休養後、舟江診療所で医師として復帰する予定という。

 

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http://www.asahi.com/apital/medicalnews/focus/(武田啓亮)