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月刊誌「噂(うわさ)の真相」元副編集長、川端幹人さんの話

 岡留さんは最初から最後まで「反権力」で「反権威」。無名の弱い人ではなく、有名で強い人を批判する。純朴とも言えるほど、スキャンダルを暴くことで権力や権威を撃つのだ、と本気で信じていた。

 編集者としての特徴は、人並み外れたやじうま根性から生まれるアイデアとプロデュース能力、そして明るさ、楽観性だろう。情報は常にオープン。評論家の佐高信さんなど執筆陣やスタッフから何人もの才能が生まれた。そして常に前向きでタフ。記事にした相手から名誉毀損(きそん)などで訴えられたり、右翼の襲撃を受け、自分も含めて負傷者が出たりするなどのトラブルになっても、常に軽やかで、あまり気にする風情はなかった。動画を配信したり、記念の宴会を開いたり、続報のための材料を誌面で募集したりと、むしろネタにして乗り越えていく姿勢を見せた。

 編集部では、岡留さんに「大丈夫ですかね?」と聞くと「大丈夫だよ、なに心配してるんだよ」と返ってくる。覚悟や理念はあっても、スタッフを責めたり、説教したりすることはなかった。変なプライドもなく、謝罪する時は割り切ってすぱっと謝罪する。そしてまた書く。雑誌の売れ行きはまったく気にしておらず、売れる企画をやれと言われたことはない。風通しの良さ、おおらかさから、現場は萎縮せずに高い士気を持ち続けることができた。「噂の真相」の編集長としては唯一無二。ぼくらにとっては「守り神」のような存在だった。

 沖縄に移住してからも基地問題などに関心を持ち、本土の大衆にどう響くかに心を砕いて発信を続けていた。2014年の県知事選に翁長雄志氏が立候補した際も人脈を駆使して、俳優の菅原文太さんが「弾はまだ1発残っとるがよ」と発言する場面を演出した。琉球独立論者で、「夢想だけど」と言いながら、喜納昌吉さんの「花」をシンボルに、国連アジア支部が置かれ、平和を発信する沖縄を語っていた。