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 「人生100年時代」といわれるほど寿命は長くなりましたが、老後への不安は高まったままです。家族に頼れない単身の人が増え、少子高齢化に伴って年金の水準も下がっていく見通しです。高齢者の暮らしを支えるために、何が必要なのでしょう。

《なぜ》家族の形変化、頼りない年金 四方理人さん(関西学院大准教授)

 公的年金には、死ぬまで受け取れるメリットと、働いていたころと比べて老後の生活水準が極端に下がることを防ぐ役割があります。しかし、今後、年金の水準は低く抑えられることが決まっており、老後の生活を支える機能は弱くなっていくおそれがあります。

 国民年金ができた1961年と現在では、人口構造が異なります。現在の年金は、現役世代が働いて支払った保険料を、そのまま高齢者の年金に回す「世代と世代の助け合い」です。支える側が減れば、保険料を上げるか、給付を下げるしかありません。

 もう一つ、大きな構造変化は、家族です。当時はまだ、3世代同居が基本で、家族に養われることが高齢者の主な生計維持のあり方でした。それを前提として制度を考えたのだと思います。年金の水準も低いものでした。

 高度経済成長期のあと、生活が豊かになると、「年金も引き上げてほしい」という声が強まり、負担に比べて給付の水準を引き上げ過ぎました。

 80年代に入ると、財政への懸念が出てきます。全国民に共通する基礎年金を導入した86年に一気に給付の水準を下げました。2004年には、寿命の延びや働く世代の減少にあわせ、自動的に水準を抑えるルールを組み込んだので、少子化や長寿化といった人口構造の変化によって財政が破綻(はたん)するとは私は考えていません。04年改革は、健全財政の維持を優先したといえるでしょう。しかし「財政危機の回避」は「社会問題の回避」とイコールではありません。

 制度が前提としていた家族のあり方は、大きく変わりました。年金があるために高齢者だけでも暮らせるようになった面もあると思いますが、いまは3世代同居は少数派で、1割にすぎません。

 高齢者の貧困はすでに深刻です。大きな要因は単身高齢者の増加です。1人分の基礎年金額が、生活保護制度で「最低生活費」と定められた金額を下回っており、生活保護に流入する高齢者が増え続けています。夫婦世帯を想定し、「2人分の年金でみれば、基礎的な消費支出を上回る」と説明してきた政府にとって、現在の状況は想定外だったでしょう。

 より深刻なのは、「団塊ジュニア」と呼ばれる世代です。少子化対策が遅れ、下の世代に同じ規模の人口を残せませんでした。労働環境も変わり、非正規雇用が増えたため、厚生年金にも十分に加入できず、国民年金保険料の未納も多いです。団塊の世代に比べて団塊ジュニアは、低年金になる可能性が高いのです。

 今のところ団塊ジュニア世代の経済状態は、極端に悲惨にはみえていません。安定した収入と持ち家を有する親と同居できているためです。親が仕事を引退しても親の年金をあてにできます。しかし、親が亡くなれば、自由に使えるお金は一気に減り貧困に陥る人がでてきます。配偶者や子どもを持たない経済的に困窮する高齢者が増えることは、社会全体にとってのリスクだと思います。

 直近の政府の推計で、将来、厚生年金の夫と専業主婦の妻というモデル世帯では、2人分の年金額は平均的な手取り収入の50%を維持できますが、基礎年金のみの単身者では13%程度の水準だと示されています。基礎年金のみの人や厚生年金にも長く加入できていない人は、家族の支えがない場合、働き続けるしかなくなります。

 しかし、75歳を超えても働き続けることは難しいでしょう。生活保護制度は仕事に就いて自立することを目指しているので、それとは別の仕組みをつくるなど、年金のほかで高齢期に最低限の所得を保障する制度を議論せざるをえないと思います。(聞き手・中村靖三郎)

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 しかたまさと 1978年生まれ。専門は社会政策。共著に「収縮経済下の公共政策」「最低生活保障の実証分析」など。

《解く》重い家賃負担、国の支援必要 祐成保志さん(東京大准教授)

 年金は、世代間の仕送りを政府が肩代わりして制度化したものです。家族が私的に提供していた介護にも、公的な保険ができました。私は、居住に関しても社会的な支援が必要だと考えています。

 全体的にみれば、いまの高齢者は持ち家率が高く、年金額もこれからの高齢世代に比べれば、まだ多い。でも、賃貸で年金暮らしの人に、家賃負担は重荷です。

 欧米各国には家賃を補助する公的な住宅手当制度がありますが、日本では未整備です。各国の実質的な家賃を比べた研究によると、日本の家賃は世界的にかなり高い。質が低いので、見かけ以上に割高になるわけです。

 住むという行為は、お金がかかることに加え、物件探しなどの情報収集、物件の所有者をはじめとする周辺との関係調整、居住空間を整え、維持することなど、実はさまざまな「居住サービス」も伴います。不動産業が担ってきたのは、そのなかのごく一部です。

 戦後、日本では自分で家を持つことが推奨されました。家を持てない人がいても、親族が住まわせるか、企業が社宅を提供したり、家賃を補助する手当を出したりして、あくまでも私的に解決してきました。連帯保証のような「居住サービス」も、家族や親族による「セルフサービス」か、勤め先の企業がカバーすることで、問題が顕在化しにくかったのです。

 いまはどうでしょう。単身の高齢者が増えています。賃貸住宅に入ろうとすると、大きなハードルは保証人です。頼める人がいないのも、よくあることです。家が足りないわけではありません。すべてが利用可能ではないにせよ、空き家は大量にうまれています。足りないのは、居住者の信用を補完するなど、いわば人と家の間をつなぐ「居住サービス」です。

 生活が苦しい高齢者らが民間賃貸を利用しやすくすることを狙った新しい住宅セーフティネット制度のように、公的支援の動きも出てきました。ただ、住宅問題を政府の責任で解決すべきだと考える人は、いまなお少数派でしょう。

 実際、多くの人はがんばって自力で持ち家を取得しています。とはいえ、持ち家の人は住宅ローン減税や利子補給などの恩恵を受けてきたわけで、賃貸の人にも公的な支援があっていいはずです。賃貸で適当な物件が乏しいため、無理にローンを組んで家を買う人も少なくありません。賃貸の質が低いことで損をするのは、賃貸に住む人だけではないのです。

 支援のかたちとしては、居住者に現金を支給する以外に、家主に補助して家賃を下げる仕組みにも意義があると考えています。補助の対象にする住宅にさまざまな条件を課すことで、質を担保でき、同じ集合住宅に住むほかの人にもメリットをもたらせます。見守りのような「居住サービス」も、あわせて提供しやすいでしょう。

 東日本大震災以降、仮設住宅を建てるかわりに、民間の賃貸住宅を使い、被災者が家賃を免除される「みなし仮設」が広がりました。住宅さえ確保できれば済むかというと、今度はコミュニティーの空洞化や孤立が問題になりました。困りごとを抱えた人を必要な支援に結びつける「居住サービス」が同時に求められるのです。

 持ち家でも、買い物が不便になった、子どもの独立後は家が広すぎるなど、住み替えたいと思う高齢者は多いのではないでしょうか。でも「居住サービス」が乏しいために選択肢が非常に限られ、住み替えは難しいのが現状です。

 雇用の不安定化や単身化などを考えると、今後、住まいに困る人は確実に増えていくでしょう。住まいの選択肢を増やす政策には、大きな意味があるはずです。(聞き手・山田史比古)

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 すけなりやすし 1974年生まれ。専門は社会学・住宅研究。著書に「〈住宅〉の歴史社会学」。海外の住宅研究書の翻訳も。

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