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 アルペンスキーの枠だけにとどまらなかったスーパースターが現役最後のレースを迎える。スウェーデン・オーレで10日にある世界選手権女子滑降に挑むリンゼイ・ボン(米)。5日の女子スーパー大回転は途中棄権。その強さと華やかさでファンに愛されたレーサーのラストランはいかに。

 強さの象徴と思い込んでいた自らを恥じたのは、昨年2月にあった平昌(ピョンチャン)五輪の公式会見だった。競技を始めるきっかけとなった祖父が、その前年に亡くなったことを問われたときだ。祖父は朝鮮戦争に従軍した過去を持つスキー選手だった。顔なじみの記者とのやりとりで浮かべた笑顔は消え、「おじいちゃんのためにベストを尽くしたい。見て欲しかった」と涙ぐんだ。祖父と縁のあった大舞台。その思い通り、滑降で銅メダルをつかんだ。

 得意とする高速系種目はときに時速100キロを超え、わずかなミスが命取りになる。硬い雪面にたたきつけられて骨が折れても、そのたびにリハビリを重ねて肉体を鍛え、視界が極端に狭まるレースへの恐怖心を克服してきた。「絶対に戻れると信じることが大事。私自身、恵まれた才能があるとは全く思っていない。努力してきたことが報われていることの方が多い」。2014年ソチ五輪前には、そう語っていた。「ネバー・ギブ・アップ」。彼女が好んで使ってきた言葉だ。

 10歳のとき、母国のスターだった1998年長野五輪女子スーパー大回転金メダルのピカボ・ストリートと出会い、世界一を夢見るようになる。アルペンのワールドカップ(W杯)では女子最多となる82勝を積み上げ、総合優勝は4度。10年バンクーバー五輪では直前に負ったけがにもかかわらず、女子滑降で米国に初めて金メダルをもたらした。五輪での金メダルはこの一つだけだったが、ゴール後に絶叫して両腕を突き上げた姿が印象に残る。

 かつては米スポーツ誌の水着特集で鍛え抜いた筋肉美を誇り、ソチ五輪の前後には男子ゴルフのタイガー・ウッズと交際。平昌五輪前には、米メディアのインタビューでトランプ大統領を批判したこともある。

 34歳。ここ数年は忍び寄る肉体の衰えを、新たなモチベーション(動機付け)を見つけることではね返しているように見えた。アルペンW杯の男女を通じ、最多勝利記録となる男子のインゲマル・ステンマルク(スウェーデン)の86勝を抜くことを目標として公言。男女同権の流れを飛び越え、国際スキー連盟の規定で認められていない男子選手との合同レースも渇望してきた。

 ひざなどのけがに苦しみ、今大会限りでの引退を公表した後は自身のインスタグラムに、こうつづっている。「正直、引退することに戸惑っていない。掲げた目標に達しないで引退することは心に残るでしょう。でも、W杯の82勝などを振り返り、これまで他の女性ができなかったことを達成したと言え、それを誇りに思うでしょう」(笠井正基)