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 患者さんの職業はいろいろ。13号室で聞いてみた。「蒸気機関車の機関士でした」。わあすごいなー、と思った。日焼けした逞(たくま)しい腕、黒い顔。ついつい聞いてみた。

 ――高卒で18歳で国鉄に入りました。大きな蒸気機関車好きで。はじめは整備、機関車の掃除。それで吹田の学校に行って機関助手になって、石炭くべて。初めて運転した日のこと、覚えとりますよ。

 仕事の話になると表情が変わる。蒸気機関車、石炭は要るが水も要る。浜坂駅と豊岡駅に給水所があり、一般家庭の風呂10杯分くらいを給水した、と。まるでマラソン選手だ。もちろん、客車も引っ張るが貨車も引っ張る。貨車には石炭、材木、イモに豆、一般荷物、それに牛。宅配便のない時代、国民は多くを蒸気機関車に頼った。その機関士だ、「時代の花形!」とたたえると、「いや、いやー」と照れる。

 ――トンネルに入る前にガーと石炭くべるんですよ。煙はもうもう。マスクしてますがトンネル出たら鼻は真黒。長いのは2キロ。そりゃ真剣ですよ。線路で子どもが遊んどったり、気は抜けませなんだなあ。

 煙で思い出した。この患者さん無類の愛煙家。総合病院で叱られ、入院断られ、人づてにここにたどり着いた。一日3本と誓い、1本目を吸った。その時の感想、「おいしいー、体全体が喜んどりますー」。病気が分かった時の気持ちも聞いたことがある。「まあ仕方ないかー、自然にまかすかーでした」

 ――何が面白かったって、自分の腕で列車の遅れを取り戻すことができたことです。5分でも10分でも。新幹線じゃできん。職人技ですよー。

 最後に聞いた。「一番好きな山陰線の駅は?」。迷わずの返事。「余部(あまるべ)です」。高い鉄橋、風が吹き日本海が広がるあの駅。

<アピタル:野の花あったか話>http://www.asahi.com/apital/column/nonohana/(アピタル・徳永進)

アピタル・徳永進

アピタル・徳永進(とくなが・すすむ) 野の花診療所医師

1948年鳥取市生まれ。京都大学医学部卒業。京都、大阪の病院・診療所を経て、鳥取赤十字病院の内科医に。2001年12月、鳥取市内にてホスピスケアのある有床診療所「野の花診療所」を始め、さまざまな死の形を臨床から報告。鳥取市にセミナーハウス「こぶし館」を建築し26年になる。