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 インフルエンザやかぜのシーズンですが、近年、抗菌薬(抗生物質、抗生剤)の使用が問題になっています。薬がないと心もとない患者に、「念のため」と言いながら医師が次々と処方することで、薬の効かない「耐性菌」を作ってしまう……。そんな状態を改善しようと、医師が医師を啓発する活動も始まりました。死者を減らすことにつなげるという、その活動に迫りました。

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 昨年12月、東京都内で医師や看護師など医療関係者向けに開いた風邪対策の医療セミナー。主催者側の医師が、医師役と患者役に分かれて、ある診療風景をデモンストレーションした。

 医師「たんなる風邪ですね。抗生物質は必要ありません」

 患者「念のため出してもらえませんか。お金は出しますから」

 医師「風邪に効く薬ができたらノーベル賞ですよ」

 患者「じゃあ、別の病院に行きます」

 なかなかかみ合わない、医師役と患者役。会場からは失笑も漏れた。

 開催したのは、国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンター。同センターは厚生労働省の委託事業として医師への啓発活動に取り組んでいる。AMRは(Antimicrobial Resistance)は英語の略字で「薬剤耐性」という意味だ。

 そもそも、インフルエンザは細菌ではなくウイルス感染で引き起こされる。そのため抗菌薬に効果はない。風邪もまた抗菌薬が必要ないウイルス感染の場合が大半だ。抗菌薬は使ううちに、薬への抵抗力を持つ薬剤耐性の細菌が表れ、それが主流になると、抗菌薬が効かない患者が増えてしまう。このため不必要な使用を抑制できるかがカギだ。

 講師役を務めた感染症専門医の京都大学の山本舜悟特定助教は「風邪の大半はウイルスによるもので、抗菌薬は必要ない。患者さんの理解度を確かめながら根気強く説明していくほかない」と話す。

抗菌薬求める患者、処方する医師

 日本化学療法学会と日本感染症学会の合同委員会は2018年、全国1500診療所に勤務する医師を対象にアンケート(回収数274)を実施。風邪と診断したときに抗菌薬を処方する割合を尋ねた。すると、21%以上の患者に処方すると答えた医師が4割。41%以上の患者に処方する医師も2割いた。一方で、抗菌薬を希望する患者が21%以上いたという割合も半数に及んだ。41%以上でも2割だった。

 調査を担当した国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンター情報・教育支援室の具芳明室長は「かつて風邪に対して抗菌薬がよく処方されていたが、さまざまな研究を通じて効果がないとわかってきた。そうした研究の進展に医師が十分ついていっていない面がある」と指摘している。

 薬剤耐性の細菌の問題は近年、世界的にも大きな問題となっている。AMR臨床リファレンスセンターの藤友結実子主任研究員によると、2013年で薬剤耐性の影響による死者は70万人と推定されている。だが、このまま何の対策も取らなかった場合には、50年には1千万人に達すると推計されている。

 このため世界保健機関(WHO)は15年、加盟国に対して対策を求めた。これを受け厚生労働省も20年に、抗菌薬の使用量を13年比の3分の2以下に減らす数値目標などを掲げている。医師向けの手引きなどをつくって、不必要な使用を抑えようとしている。

 ただ、医師側には悩みがある。その一つが、薬を出さないということだけが独り歩きし、医師や病院への評判が悪くなりかねない、という点だ。AMR臨床リファレンスセンターでのセミナーでも、話題になった。講師役の医師からは、具合が悪くなるなど症状が改善しない場合には、受診をするように促し、あくまで様子見であることなどを伝えると、患者も納得しやすいことなどが説明された。

かぜには四つのタイプがある

 風邪の大半はウイルス性で、抗菌薬は意味がない。だとしたら、そもそも風邪とはどんな「病気」なのだろうか。

 まず、風邪は最初の2、3日が症状のピークだ。あとは1週間から10日間かけて、だんだんよくなっていく。3日以上経過しても症状が良くならなかったり、だんだん悪くなったりする場合は再度受診すべきだという。インフルエンザは、高熱で筋肉痛や関節痛が伴う。

 「かぜ診療マニュアル」(日本医事新報社)という著書もある京都大の山本舜悟さんによると、風邪は四つの病態に分けられる。「感冒」「急性鼻副鼻腔(ふくびくう)炎」「急性咽頭(いんとう)炎」「急性気管支炎」だ。熱があるかどうかにかかわらず、鼻症状(鼻水や鼻づまり)、咽頭症状(のどの痛み)、下気道症状(せき、たん)という三つの症状の有無で見分ける。

 なかでも、この三つの症状が同時に同じ程度に存在するのが「感冒」。微熱や倦怠(けんたい)感、のどの痛みから始まって、1、2日遅れて鼻水や鼻づまりが起こり、せきやたんが出てくる。3日目をピークに、1週間から10日ほどで次第によくなってくるという。急性鼻副鼻腔炎も同じだ。大多数がウイルス性だ。黄色い鼻水なら細菌性とよく誤解されるが、これは免疫反応によるもので、ウイルス性でも鼻水は黄色くなる。細菌性のものは0・2~2%にとどまると考えられている。

 山本さんは「ただし例外もある。感冒でもいったんよくなりかけて、ふたたび症状が強まったり、急性鼻副鼻腔炎でも10日以上高熱が続いたりする場合は、細菌感染でこじれた可能性も考えたほうがよいだろう」と指摘している。

<アピタル:医療と健康のホント>

http://www.asahi.com/apital/healthguide/honto/

(服部尚)

服部尚

服部尚(はっとり・ひさし) 朝日新聞記者

1991年入社。福井支局をふり出しに、東京や大阪の科学医療部で長く勤務。原発、エネルギー、環境、医療、医学分野を担当。東日本大震災時は科学医療部デスク。編集委員を経て、現在は科学医療部記者。