大相撲の元横綱双羽黒(ふたはぐろ)の北尾光司(きたお・こうじ)さんが2月10日、慢性腎不全のため死去したことが29日分かった。55歳だった。葬儀は本人の希望で家族葬を行った。

 津市出身。地元の中学卒業後、1979年春場所で本名のまま、立浪部屋から初土俵を踏んだ。84年秋場所で新入幕、86年初場所で大関に上がった。全盛期は199センチ、約150キロの巨体を生かした寄り、投げが得意で、千代の富士の対抗馬として期待が集まり、優勝経験がないまま86年名古屋場所後、22歳で横綱に昇進。部屋から出た名横綱、双葉山と羽黒山を合わせたしこ名、双羽黒に改名した。

 しかし、その後も優勝には届かず、わずか8場所綱を締めた後、24歳だった87年の年末、若手の指導を巡って師匠(元関脇羽黒山)と対立。おかみさんらを突き飛ばしたなどとして、部屋から失跡。提出された当時の廃業届が受理された。

 角界を離れた後はプロレスラーとしてリングにも上がった。2003年から短期間、師匠の変わった立浪部屋(師匠=元小結旭豊)で日本相撲協会所属ではないアドバイザーを務めたこともある。13年より腎臓を患い、闘病生活を送っていたという。