「ジャップ」と呼ばれた米閣僚 ヘイトが残す傷痕とは

有料会員記事

軽部理人
[PR]

 第2次大戦中、アメリカ国内にいる日系人強制収容所送りにした「大統領令9066号」。2月19日で発令から77年を迎え、その日は「追憶の日」としても知られている。日系人として初めて閣僚を務めた元下院議員ノーマン・ミネタさん(87)にとっても、母国に「裏切られた」忘れられない日だ。そんなミネタさんは今、アメリカ国内における社会の分断や人種間の亀裂が「戦後最悪だ」として、警鐘を鳴らしている。どのような思いが、ミネタさんを駆り立てているのだろうか。

伝記映画完成 87歳「まだまだ働くよ」

 2018年11月上旬。全米の日系人を束ねる団体「米日カウンシル」の年次総会が、東京都内のホテルで開かれた。参加者から万雷の拍手で迎え入れられ、手押し車を使ってゆっくりと壇上に現れたミネタさん。穏やかな表情で手を振りながら、笑顔を振りまいていた。「私は元気全開。まだまだ働きますよ」

 「アメリカの大都市で市長になった初の日系人」、「アメリカ本土から選出された連邦議員で初の日系人」「閣僚を務めた初の日系人」――。「日系人初」という枕ことばが数多くつくミネタさんは、日系人初の連邦議員(ハワイ州選出)になった故ダニエル・イノウエさんと並んで、日系人社会を引っ張ってきた大御所だ。

 年次総会が開かれたこの日は…

この記事は有料会員記事です。残り2890文字有料会員になると続きをお読みいただけます。

【無料会員限定】スタンダードコース(月額1,980円)が3カ月間月額100円!詳しくはこちら