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 水俣病の原因企業チッソとの自主交渉の先頭に立ち、被害者救済に力を尽くした故・川本輝夫さん(1999年2月18日死去、享年67)をしのぶ「咆哮(ほうこう)忌」が17日、熊本県水俣市であった。川本さんの死去から18日で20年。生前の人柄を慕う人や親族が集い、功績を振り返った。

 川本さんは父の死をきっかけに、当初「奇病」と差別され、沈黙を強いられていた患者宅を自転車で訪ね、患者認定の申請を勧めた。自主交渉では「闘士」と言われ、東京の本社での座り込みは1年7カ月に及んだ。

 この日は咆哮忌の実行委員長で水俣病患者の緒方正実さん(61)が「私たちがいまを生きるためのいろんな方法を川本さんを通して見いだしていけたら」とあいさつ。川本さんが関わった訴訟で共に闘った山口紀洋弁護士(78)は「決して甘いことは言わない方なので緊張している」と振り返り、「この20年間何をやっていたのか、という言葉が聞こえてくるようだ」などと語った。(奥正光)