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 現在の宮崎市に生まれ、官軍で西南戦争に従軍し最大の激戦地となった田原坂(熊本県)で戦死した軍人の谷村計介(1853~1877)。戦前の修身(道徳)の国定教科書に「忠君愛国」として紹介され、唱歌にも歌われた。戦後は一転、顧みられなくなったが、生地では3月4日の命日の前に毎年、命日祭が開かれている。

 宮崎市の糸原自治会の住民らでつくる「谷村計介旧宅跡愛護会」(末永軍朗会長)が17日、同市糸原の県史跡「旧宅跡」で命日祭を開いた。住民ら約50人が参加。倉岡神社の仁鎌勝朗宮司が神事を執り行った。式典で、末永会長は「郷土が生んだ偉人を後世まで伝えていきたい」とあいさつした。仁鎌宮司は谷村の生涯について講話し、「勇猛果敢で学問、武術にすぐれていた」と紹介した。

 宮崎県史や市教委によると、谷村は倉岡郷糸原村(現宮崎市)に次男として出生。鹿児島で兵学や朱子学を学び、1872年に兵役を志願。熊本鎮台に入営し、佐賀の乱や神風連の乱で活躍した。西南戦争では、薩軍に包囲された熊本鎮台(熊本城)の状況を官軍本営に伝えるための密使になった。

 薩軍に2度捕まったが戦を恐れ…

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